昨年10月に、朝日新聞が「日本の資産家,相続対策で海外生保に加入 専門家『法の想定外』」という記事をウェブに掲載しました。ある大手法律事務所はこの記事を引用し法的な解説を公開しています。税制メリットや信託を介した海外保険加入の法的見解はその解説に詳しく述べられています。その解説で「なぜ富裕層が買いたがるのかといえば,日本の保険会社との生命保険契約にはない,租税の面以外の商品性(金額規模、運用利回りなど)に魅力を見いだしている」と述べています。今回は、生命保険の商品性についてBridge Rock Consultingのマネージング・ディレクター、岩田雄さんに聞いてきました。

シンガポールの富裕層は生命保険の活用が盛ん、と聞きましたが本当でしょうか?

富裕層投資家が資産形成と家族に遺す資産、の両方の理由でよく利用されています。プライベートバンカーにとってもお客様に勧めやすい商品です。

生命保険の販売はプライベートバンカーが行うのでしょうか?また、プライベートバンカーが勧めやすい商品という意味は?

シンガポールでは保険の販売は専門家が行わなければなりません。プライベートバンカーは、興味を持たれたお客様を提携している保険代理店に紹介し、代理店がお客様に保険についての具体的な内容について相談し、詳細を決めていきます。

プライベートバンカーにとって生命保険はお客様に利点があるから勧めていますが、契約が成約すれば紹介料がプライベートバンクに支払われ、それ以外にも長期で保険金を融資したり、お客様の解約リスクが減ったり、とバンカーにも利点があります。

紹介料は分かるとして保険金の融資とはどういうことでしょうか?

シンガポールで富裕層が加入する生命保険は例えば死亡保険金が1000万米ドル以上など大型のものが多いのですが、保険料は一括で支払われます。保険料は最初の手数料と積立金の両方が含まれ、積立金の運用結果などから次の期間の保険料が決まり、運用収益から保険料が支払われます。

日本の生命保険のように保険料を保険会社に支払い、保険会社が運用も行う生命保険を提供する保険会社ももちろんシンガポールにありますが、いくつかの保険会社は積立金の運用を自ら行わず、契約者と相談して他の運用会社、あるいはファンドに運用を任せます。一般的なのは契約者がプライベートバンクに新しく専用口座を作り、口座の保有権は保険会社が持ち、運用は契約者(実際にはプライベートバンク)に任せられます。

保険は、途中で解約すれば解約返戻金が契約者に支払われます。これは積立金から解約手数料を差し引いたものです。積立金の運用は基本的に安定運用で保険会社も信用度が高い、つまり積立金を担保にプライベートバンクが多く貸すことができます。日本でも解約返戻金額の所定の範囲内で貸付を受けることができる「契約者貸付」という形で融資を行う保険もありますね。

具体的にはどの程度の融資が可能なのでしょうか?

例えば40歳の男性で、タバコを吸わず、健康状態が良好で死亡時の保険金額が1000万米ドルで予定利率4%の生命保険に入ろうとすると保険料の目安は250-300万米ドルだそうです。そのうちの9割近くまでプライベートバンクが貸すケースがあります。実際に契約者が用意するのは25-30万米ドルで契約できるという計算です。

それは魅力的ですね。

「保険ばっかり紹介している」という知り合いのバンカーもいます。それだけ需要が多いようです。

予定利率の4%は予め決まっているのでしょうか?

予定利率は6%を上限に保険会社と相談して設定できるそうです。資産形成も考えている富裕層は、高めの予定利率を選べます。運用がうまく行けば、解約返戻金が増え、また保険料が下がります。逆に、運用がうまく行かないと保険料は増えます。ただ、「予定利率は4%が多い」、と代理店の人は言っていました。

保険金の上限はありますか?

どの保険代理店も基本的には1億米ドルと言いますが、皆そろって「特例で1.5億米ドルから2億米ドルも可能」と言い添えます。保険金詐欺を防ぐために、なぜそれほどの大型契約が必要になるのか?という点を確認する必要があり、また再保険会社がどの程度を引き受けてくれるかで決まるようです。

他に特徴的な仕組みはありますか?

多くの場合には積立金の運用は国債など、価格変動が低く流動性の高い資産で行われます。ファンドも安定運用で解約が3ヶ月以内にできるもの、という条件が多いと聞いています。

ある保険代理店から紹介された事例で面白かったのは未上場企業株を使う例でした。具体的には私募ファンドを作り、そのファンドを保険会社が持ち、ファンドは富裕層投資家の経営する未上場企業株を保有する、というのが基本的な仕組みです。実質的には未上場株の保有権が保険会社に渡り、新しい株主になります。

ファンドの管理会社が定期的にその未上場株式の評価を行います。実質的には1社にしか投資しないプライベート・エクイティ・ファンドです。富裕層ファミリーの保有資産の有効活用となります。

その保険代理店の資料では保有権の移転に関する制限の有無、その未上場企業の既存銀行融資などの条件に抵触するかどうか、外国人投資家(つまり保険会社)の保有制限の有無、配当に関する源泉課税や評価費用など考慮に入れる必要がありますので一般的ではありませんが、面白い仕組みだと思いました。

プライベートバンクを介さないと生命保険契約は結べないのでしょうか?

シンガポールでは保険代理店を介さないと保険契約は結べませんが、プライベートバンクを介さないといけない理由はありません。知り合いの保険代理店は直接の問い合わせも多く、スタッフにいろいろな言語を話せる人間を揃えている、と言っていました。

直接代理店に問い合わせ、保険契約の内容を相談する中で、プライベートバンクも活用した方が良い場合には、代理店からプライベートバンクを紹介することもあるようです。

この記事を書いた人

岩田雄

サウスカロライナ大学国際MBA、ウィーン経済経営大学国際MBA、修了。国際基督教大学卒業。

MBA終了後、東京でステート・ストリート信託銀行、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントに勤務。ロンドンで日興アセット・マネジメント・ヨーロッパにて欧州/中近東のソブリンウェルスファンド、銀行、年金、保険会社、王族ファミリーオフィスなどに営業を行う。

その後、日興アセット・マネジメント・香港設立のため香港に転勤後、シンガポールの日興アセット・マネジメント・アジアに赴任。三井住友銀行シンガポール支店、J. Safra Sarasin銀行を経て2020年にコンサルティング会社をシンガポールで設立。

2023年4月にシンガポールのマルチファミリーオフィス、ファースト・エステート・キャピタル・マネジメント(First Estate Capital Management)の取締役兼ウェルスマネジメント部門のヘッドに就任。