富裕層を担当する金融機関として有名なのがプライベートバンクですが、シンガポールにはプライベートバンクと協働してサービスを提供する会社があります。最初に思いつくのは弁護士事務所、会計士事務所ですが、それ以外の会社についてBridge Rock Consultingのマネージング・ディレクター、岩田雄さんに聞いてきました。
シンガポールでプライベートバンク以外に弁護士事務所や会計事務所などが富裕層にサービスを提供していますが、それ以外にどのようなサービスを提供する会社がありますか?
プライベートバンク/弁護士事務所/会計士事務所以外にサービスを提供する会社はいくつかあります。その中で信託会社、保険代理店、不動産融資、株式/暗号通貨融資会社などはユニークなサービスを提供していると思います。
一つずつ、特徴を教えてください。まずは信託会社とは?
日本は戦後、信託会社に銀行免許を与え、信託銀行が長く信託業務を行ってきました。最近は銀行免許を持たない信託会社も活躍されています。シンガポールでは、シンガポール通貨監督庁(MAS:Monetary Authority of Singapore)が信託会社の監督もしており、いくつも信託会社がありますが、同じ組織として銀行免許を合わせて持っているところは無いようです。
種類としては、プライベートバンクのグループ会社、投資顧問会社のグループ会社、独立した信託会社の三種類があります。
どの会社も法律に基づいて業務を行っており、信託を作るときに行う本人確認などはプライベートバンクと同様の厳しさです。
信託を作る理由は顧客の事情により様々です。妻子に残すため本国のビジネスと隔離した資産を信託するというのが一番よく聞く理由ですが、他にも生命保険に入るため、いくつかのプライベートバンクに開けている口座を集中管理するため、プロジェクトファイナンスのため、などいろいろな使い方も耳にします。
プライベートバンクのグループ内の信託会社は数が減っています。その理由としては、プライベートバンクの経営資源の集中が主な理由です。プライベートバンクのグループ内に残っている信託会社も金融資産と保険以外は受託しない、という方針のところが多いようです。
その一方で、投資顧問会社系、独立系の信託会社は金融資産や保険のほか、不動産、美術品、クラシックカー、未上場株式などいろいろな種類の資産を信託することが可能なようです。
独立系の信託会社は地場の会社とグローバルな会社の二種類あります。グローバルな会社は、グループ内に他国の信託会社を持っていて、欧州などでも信託することが可能です。アメリカ合衆国に受益者がいる場合に、サウスダコタ州で信託を作ることを進めている信託会社もあります。シンガポール信託でも米国居住の受益者に資産は継承できるようですが、アメリカで信託を作ると、相続が発生したときにアメリカ合衆国内の手続きが早いと聞いています。
前回、アジアの富裕層はいくつかのプライベートバンクに口座を開けるというお話をしましたが、信託を作ってその信託に各プライベートバンクの口座をまとめることで、資産の総合的な把握がしやすくなることと、相続が発生したときに信託に入れてあることにより残された家族の手続きが簡素になる、というのが理由と聞いています。
保険の話が出てきました。保険代理店について教えてください。
保険代理店もシンガポールでは、MASが規制・監督しています。保険の販売を行うためには組織的な対応と営業マンの免許/継続的トレーニングが必要です。
プライベートバンクのグループ内に保険代理店を別法人として持っているところもありますが、主として独立系が多いようです。
プライベートバンクのお客様が加入する保険としては、生命保険が一般的ですが、美術品の保険、不動産/クラシックカーの保険、身代金保険などいろいろと扱います。
生命保険も保険会社によって運用を自社で行う保険会社、運用はプライベートバンクや投資顧問会社に委託する保険会社などがあります。プライベートバンクや投資顧問会社の紹介で生命保険に加入し、運用はそのプライベートバンクや投資顧問会社が保守的なバランス運用を行う、ということもあります。お客様の事情やリスク許容度により生命保険はテーラーメイドされます。
保険加入期間が長いので、保険代理店が介在し、お客様、保険会社、プライベートバンク、信託会社と協働して作り上げていく商品です。喩えが正しいかどうか少し不安ですが、オペラにおける指揮者というよりは、舞台裏まで含めて俯瞰する舞台監督、サッカーの監督よりはフロントのジェネラルマネージャーのような位置付けに見えます。
身代金保険は、保険の対象となる本人が保険に入っていることを知らせないことが大事だそうです。本人が自分はいくらの身代金保険に入っていると喋ると標的になりますし、また金欲しさに本人も共謀して保険金詐欺を行わないようにするのが理由だそうです。また、いくらの保険に入っているというのがバレてしまうと身代金の交渉に影響がでます。
不動産融資、株式/暗号通貨融資はどんな会社ですか?
投資用に海外の不動産を購入するのに不動産ローンを組むのが難しい中、ソリューションを提供する会社です。プライベートバンクがお客様の金融資産を担保にローンを出すケースもあります。ただ、投資用物件なので家賃収入がありますし不動産にも担保価値があるので投資家は不動産ローンが組みたい。物件のある現地の銀行は不動産の担保設定はできても借り手の本人確認が難しいですし、プライベートバンクは借り手の本人確認ができても海外の不動産の担保設定ができない中、その不動産を保有する特別目的会社を設立し、それを担保に融資をアレンジするサービスを提供します。数千万円から数百億円まで取り扱える規模はさまざまです。融資の出し手はファミリーオフィスやヘッジファンド、政府系ファンド(ソブリンウェルスファンド)まで融資規模で変わります。
株式/ビットコイン融資は、保有している自社株や暗号通貨を売りたくはないけどキャッシュが必要な投資家向けに、3年間の期間を設けて融資を行います。プライベートバンクも自社株融資を行いますが、担保の時価総額や流動制の条件、借入率が限られているなど制約があります。融資を行うある会社は、プライベートバンクと比べて少し緩い担保の制約条件で融資を行い、優秀なトレーダーを抱え、3年間は自由にトレーディングできることで利子収入以外の収益機会を目指します。ただ、担保でもあるので、空売りを仕掛けて儲けてもそもそもの担保価値が下がってしまうのでそういうトレードはおこないません。価格が下落せずトレーディングで収益があがる運用を行うようです。
なぜシンガポールでは、こうしたプライベートバンクと協業したサービス会社が多くあるのでしょう?
3つの理由があると思います。
一つ目には、シンガポールに資産を預ける富裕層の多様性があげられます。多様性とは、国籍、ビジネス、家族構成や投資運用の哲学・目的、プライベートバンクとの取引の多さなどの幅が広く、高い専門性を用いた問題解決のサービスを求めるニーズがあることです。資産運用に限って見ても、資産をグローバルに分散することで納税を含めた資産管理が複雑になり、全体を管理する必要が出てきます。信託会社や保険会社などは長期資金運用という観点で機能しますし、クロスオーバーな不動産金融も資産のグローバル分散ゆえの需要と言えます。
二つ目には、問題解決のサービスに富裕層顧客が手数料を払い、市場規模から問題解決のサービス提供がビジネスとして成立するという点です。画一的なサービスで解決できない問題は、お金を払って解決策を求めるニーズがあります。シンガポールにお金を預ける富裕層が増える→色々な個別対応を必要とするニーズが生まれる→ニーズに富裕層が手数料を支払うのでビジネスが成立する→サービス提供者はノウハウが溜まり、サービスが洗練され、富裕層の間で知れ渡る→シンガポールにお金を預ける富裕層が増える→色々な個別対応を必要とするニーズが生まれる…、という循環が成立しています。
最後はシンガポール政府は資産運用を今後の国の成長の柱にしたいという明確な意思があり、政策が実行されている点です。富裕層をターゲットとするビジネス構築をシンガポール政府は奨励しています。「日本は土地が少なく人口も限られているので…」と海外と日本を比較したときによく言われることですが、シンガポールは東京23区を少し大きくした程度の広さに、人口の4割弱を占める長期滞在ビザ保有の外国人を含めて全体で500万人程度です。本当に土地が少なく人口が限られています。昔は港として、国が成長した80年代から最近までは製造業の拠点として、今後は先端技術と資産運用立国を目指しています。色々な富裕層関連ビジネスが生まれ育つ土壌があります。
日本にも富裕層をメイン顧客としたサービスは色々とあります。旅館やホテル、レストランや料亭、オペラ・歌舞伎、展覧会、など洋の東西を問わず、多様なサービスがあります。ミシュランの3つ星のレストランが一番多い都市は東京であることは世界的に有名です。シンガポールはマリーナベイサンズや米朝首脳会談が行われたカペラホテルなどの一流ホテルがありますが、工芸、演劇、音楽鑑賞などの点ではあまり層が厚いとは言えません。東京・北海道・京都に多くの富裕層が観光に向かう理由があり、シンガポールに多くの富裕層が資産を預ける理由があります。
日本にはすでにグローバルな資産運用で高い専門性を発揮し、お客様の満足度の高いサービスを提供した上で相応の手数料を得る運用会社があります。資産運用以外の色々なニーズが集まり、適切な手数料を支払うことが定着していけば、日本でも今回ご紹介したようなサービスが発展していくのではないでしょうか?
続く