FTXの破綻は暗号通貨投資のみならず、VC投資のあり方について投資家が投資方針を見直す機会となりました。米国の金利上昇に伴い、すでに資金調達が困難になっていたシリコンバレーなどの新興企業にはますます逆風が吹いています。そんな中で、あまり一般的には知られていない資金調達手法についてお伝えしたいと思います。

日本経済新聞にThe Economistの記事、「問われるVCの甘い投資査定」が掲載されました。記事では、「ベンチャー・キャピタル(VC)投資とはいかにリスクを取るかだ。投資家は、大成功した企業がもたらす巨額の投資リターンによって、投資が回収できないさえない企業への投資損失分を埋められればよいと考え、投資対象10社のうち2社が成功すれば上出来だと思うのかもしれない。(中略)VC投資に絡むリスクは3つある。企業統治(ガバナンス)とデューデリジェンス(資産査定)、そしてすべてを後回しにしても成長を最優先する考え方という3つを巡る問題だ。

VC投資における資金調達方法の種類

VC投資とはほぼ株式投資ですが、一部、銀行融資、ノンバンク融資の市場も存在します。米国のPitchbook Dataによりますと、「2021年に米国のVC支援企業が受けたデットファイナンス(新興企業への融資)は331億ドルで、昨年過去最高の3415億ドルを記録したVCのディールの10分の1以下」でした。この記事で「VCのディール」とは新興企業への株式への投資でを指します。

新興企業への融資を行うのはシリコンバレー銀行が有名です。他にBDCと呼ばれるニューヨーク証券取引所やナスダック証券取引所に上場されているクローズド・エンド型のファンドの中にスタートアップに融資を専門に行うファンド(HTGCHRZNTPVG )もあります。

ちなみにBDCとは「Business Development Company」の略称で、米国において1940年投資会社法(Investment Company Act of 1940)を根拠法として設立された、『中堅企業や新興企業等の事業開発を金融面及び経営面からサポートする投資会社』のことです(出典:投信資料館)。REITと同様に収益の多くを配当として支払うので高配当銘柄として知られています。

融資は株式投資と異なり借り手がほぼ全て「耳を揃えて返済」することが前提です。「投資対象10社のうち2社が成功すれば上出来」と考えるVC株式投資と投資姿勢が異なります。融資を実行する際に、「VC投資に絡むリスク」を貸し手である銀行やノンバンクは厳密に見極めます。またVC支援企業への融資で特徴的なのは貸し出し金利が高いだけでなく、多くの場合、融資条件の中に借り手が貸し手に10年間有効なワラントを発行することが含まれていることです。借り手が融資を完済したあとに、IPOを行うと貸し手はワラントを活用し収益を上げられます。高い金利とワラント発行の背景には、通常の銀行融資と異なり借り手のデフォルトリスクも高く、また担保も知的財産など土地建物に比べると資産価値の変動リスクも高いことが根拠となります。

Pitchbook Dataの記事にもありますがVC支援企業への融資市場に今年大きな変化がありました。シリコンバレー銀行と親密な米国の運用会社が市場全体の変化を次のようにまとめています。

  • 過去にはローンを必要としなかったような体力の高いVC支援企業が新たな借り手として登場し、借入市場の競争がますます厳しくなっています。
  • 貸し手はキャッシュフロー予測に対してより厳しいストレステストを課し、現在のビジネスパフォーマンスに対するハードルを上げ、VCスポンサーにさらに高いレベルのコミットメントを要求しています。
  • 融資の条件も貸し手に有利に変化しています。現在(2022年11月時点)、ローンの金利は14%以上となっており、これはわずか1年前と比較して大きく上昇しました。また、より多くのワラントが、より低いストライクで発行されている。
  • 現在の環境は、新興企業融資の貸し手に有利で、そもそも非常に収益性の高い戦略にとって、おそらく過去最高の環境である。

つまり、新興企業向け融資市場の需給が悪化し、貸し手優位な市場環境が訪れています。

この運用会社は、シリコンバレー銀行のワラント付きローンポートフォリオの期待収益は諸経費控除前で33%と見立てています。18ヶ月前、同じポートフォリオは20%強でした。

新興企業向け融資市場の変化

新興企業向け融資市場の変化については、運用会社のレポートを参考に少し詳しく見ていきます。

 1. 借り手の増加

今年に入って融資の申し込みの数は増えましたがあまり理解されていないのは、この中にはいままででは融資を求めないような新興企業が含まれているということです。

黒字化まで9~15ヶ月先と予測される後期段階の新興企業は、収益成長と財務予測がしっかりと軌道に乗っているため、昨年までは株式も債券も必要ないとして資金調達をこの段階では敬遠していました。株式の発行は創業者持分の希薄化を招き、融資はコストがかかるのが背景にあります。

現在、新興企業の経営者はこの先に予想される嵐に備えた財務計画を立て、すぐに必要でない場合でも融資を求めています。流動性を高めるために「保険料」を払い、厳しい経済状況に直面しても、切り抜けられる準備をしています。

2. 借り手競争の激化

VCファンドが支援する後期段階の新興企業はたとえ売上高が大きくても数ヶ月間とはいえ収益が赤字のため、普通の銀行からの借入が難しい状況です。その結果、SVBが先駆者となった一部の金融機関を利用するしかなく、借入にはプレミアムを支払うことになります。

新興企業側からすれば、5〜6%の追加コストは貴重な流動性を確保する「保険」に支払う手頃なプレミアムと捉えられています。新興企業向け融資が得意な金融機関は融資総額を増やさず、場合によっては減らしているため、借り入れ需要が膨らんでいるにもかかわらず、融資の供給は抑制されています。つまり融資市場の需給が悪化しています。

3. 調査の厳密化

融資の申し込みが大幅に拡大したため、貸し手側に有利な状況になっています。1年前から最大手の金融機関は、米国の金利利上げによる厳しい状況に備え、融資基準を厳しくしていると宣言していました。キャッシュフロー予測に対するより厳しいストレステスト、現在のビジネスパフォーマンスに対するより高いハードル、VCスポンサーに関するより厳しい要件とその継続的な支援の証拠がこれらの基準の一部を形成しています。

4. 金利水準の変化

貸し手に有意な状況は金利水準でも明らかです。一般的なローンは変動金利で、金利水準はUSプライムのスプレッドで毎月見直されます。したがって、ローンにはデュレーション・リスクがなく、Fed Funds金利(FF金利)の上昇は即座に反映されます。USプライムはすべての商業銀行が基準貸出金利として使用しており、FF金利+3%に設定されています。新興企業融資の条件は、プライムに対して500bpsから700bpsのスプレッドで価格設定されています。

2022年初頭、FF金利は0.25%、Primeは3.25%で、平均的な新興企業融資の金利は10%程度、Primeより675bps高い水準でした。2022年11月現在、FF金利は4.00%、Primeは7.00%、平均的な新興企業融資は13.50%+手数料を支払っています。

ちなみに市場はFRBが12月にFF金利を0.5%引き上げ、年末には4.5%に達すると予想しています。したがって、年末のUSプライムは7.5%、平均的な新興企業融資の金利は14%、場合によっては15%となるでしょう。

5. ワラントの増発、行使価格の低下

新興企業融資には、借り手の株式に転換可能な 10 年間のワラントが通常に含まれています。一般的に借り手は金利を抑える方法を探し、スプレッドと金利の上昇を抑えるためには、ワラントを多く提供することが交渉の材料となっています。

融資100万ドルあたりのワラント数はカバレッジレシオと呼ばれ、この数値は今年に入って大幅に上昇しています。さらに、ワラントの行使価格は、過去の標準よりも低く設定されるようになっています。行使価格は、直近の資金調達ラウンドの株価を基準に設定されてきました。しかし、ストレスの多い時期やダウンラウンドが発生した場合には、独立した第三者であるプロのバリュエーターが提供する正式な409A株式評価が使われます。現在、この水準を下回る水準で融資交渉が行われています。

新興企業のうち、経営体力の高い企業は融資を受けることで生き残るための備えをしています。リスクを見極められ、財務体質が高い貸し手はこの有利な状況下で、通常よりも経営体力のある新興企業に対してより有利な融資条件で貸し出しを行なっています。双方の強かさがアメリカのVC業界を支えているように思われます。

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この記事を書いた人

岩田雄

サウスカロライナ大学国際MBA、ウィーン経済経営大学国際MBA、修了。国際基督教大学卒業。

MBA終了後、東京でステート・ストリート信託銀行、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントに勤務。ロンドンで日興アセット・マネジメント・ヨーロッパにて欧州/中近東のソブリンウェルスファンド、銀行、年金、保険会社、王族ファミリーオフィスなどに営業を行う。

その後、日興アセット・マネジメント・香港設立のため香港に転勤後、シンガポールの日興アセット・マネジメント・アジアに赴任。三井住友銀行シンガポール支店、J. Safra Sarasin銀行を経て2020年にコンサルティング会社をシンガポールで設立。

2023年4月にシンガポールのマルチファミリーオフィス、ファースト・エステート・キャピタル・マネジメント(First Estate Capital Management)の取締役兼ウェルスマネジメント部門のヘッドに就任。