富裕層を担当する金融機関として有名なのがプライベートバンクです。そしてプライベートバンクに所属して顧客を実際に担当するのがプライベートバンカーです。今回は、プライベートバンク業界に詳しいBridge Rock Consultingのマネージング・ディレクター、岩田雄さんにプライベートバンクの裏側について聞きました。 

Q:シンガポールのプライベートバンクの特徴はありますか? 

シンガポールに限らず、アジアのプライベートバンクの顧客は取引銀行を分散していることが特徴だと思います。 

プライベートバンク発祥の欧州の富裕層は、一行のプライベートバンクに全財産を預け、またその取引が顧客の何世代も続くことが一般的です。プライベートバンカーは顧客の資産負債状況を、その家族の歴史を含めて完全に把握したうえで、適切な提案を行っていきます。 

一方、アジアの富裕層は必ずと言っていいほど、複数のプライベートバンクとの取引があります。アジアの富裕層は、自分の資産の全体像を把握されることを嫌う傾向が強く、プライベートバンクの使い分けを意識しています。例えば、アジアの債券に投資する時はアジアのプライベートバンクを使い、大口の資金調達やグローバルなビジネスマッチングなどに興味があれば、投資銀行部門が強い欧米のプライベートバンクを使う、など。プライベートバンクの強み・弱みを熟知し、その強みを活かすような取引を行っていると思います。 

アジアのプライベートバンクも欧米のプライベートバンクも提案する商品やコンセプトに大きな違いは見られないようです。顧客に応じて人生ステージに合わせた金融商品、保険、信託などの提案を行う場合と、ヘッジファンド、プライベートエクイティ、デリバティブ商品など商品本位での提案を行うケースがあります。 

Q:独立投資顧問会社が多いのもシンガポールの特徴と聞きましたが? 

シンガポールには、数多くの独立投資顧問会社があり、出自も、プライベートバンカー独立型、他国からの参入型、ファミリーオフィス発展型、と様々です。 

プライベートバンカー独立型は優秀なプライベートバンクの営業担当者がそのまま独立して顧客の資産に関して投信助言や投資一任業務を行うというものです。スイスなど欧州で多く見られ、シンガポールに支店・子会社を作るケースがあります。 

他国からの参入型とは、例えば日本のメガバンクや大手総合証券などがシンガポールにおいて投資顧問を始めるというものです。多くの富裕層が、所得税率が安く、治安の安定したシンガポールへ、特にビジネスを東南アジアに拡大するため、あるいは子供の教育や子供へのシンガポール国籍取得のために移り住みました。こうした顧客を取り込むべく、海外金融機関も顧客を追いかけてシンガポールで投資顧問業を強化させています。 

ファミリーオフィス発展型とは、もともとは家族の資産管理を目的にファミリーオフィスを立ち上げたところ、運用担当者の実績が優れているのを聞いて、紹介で他の富裕層からも運用の依頼が舞い込み、結局投資顧問会社を立ち上げることになったという例です。欧米のファミリーオフィスが発祥の投資顧問会社がシンガポールに進出しています。 

こうした投資顧問会社が富裕層側につき、プライベートバンクの実質的なカウンターパーティーになり、またプライベートバンクより柔軟な資産運用を行なっています。 

いずれも顧客基盤がしっかりした中での事業立ち上げなので、多くの場合うまくいっているようです。一方で、当初からこうした事業発展を目標にプライベートバンクや大手投資顧問会社に入社するという人は少ないようです。あくまで、現在の金融機関で頑張った結果、認められてスカウトされるというキャリアパスと言えるでしょう。 

Q:シンガポールの投資運用に係る規制はどうなっていますか? 

シンガポールでは、主として2001年に制定された証券先物法(SFA:Securities and Futures Act)に基づき、シンガポール通貨監督庁(MAS:Monetary Authority of Singapore)が、銀行、証券、保険のすべてを一元的に規制・監督しています。また、実際の規制・監督は、法令のほかに、MASが作成するガイドライン等に従って運営されています。 

現在では、シンガポールで資産運用業を行う者は、SFAにより原則としてCMSライセンスの取得が義務付けられています(LFMC:Licensed Fund Management Company)が、投資家が30名を超えない適格投資家(Qualified Investor)のみであり、かつ、運用資産総額が2.5億シンガポールドルを超えない場合にはMASへの登録によって業を営むことができることとなっています(RFMC:Registered  Fund  Management  Company)。また、取得・登録のいずれの場合であっても、ほぼ同様のガバナンス要件(※)が適用されるほか、各種の行為規制が設けられるとともに、MAS の監督対象とされています。 

※ガバナンス要件 

・CEOの運用経験等の人的要件(二人以上の取締役の内、少なくとも一人は現地居住を必要とし、5年以上の運用業に関わる経験を持った二人以上のフルタイムの居住者が必要であること) 

・最低資本金(25万シンガポールドル、日本円で2,000万円程度) 

・コンプライアンスの確保 

・監査 など 

 シンガポールの場合、周辺国の富裕層が資産運用のためにシンガポールのプライベートバンクや投資顧問会社と取り引きすることが広く行われています。1997年のアジア通貨危機以降、富裕層であることを極力隠し使用人にも知らせない方もいます。シンガポールには治療という名目で入国し、シンガポールに殆どの金融資産を置いて運用するスタイルです。一方で、映画「クレイジー・リッチ」で描かれたようにきらびやかな生活をされている方もいます。シンガポールは政治的に安定し、法律制度が整備され、政府が資産運用に力を入れているので、いろいろな富裕層のニーズに対応できます。最近では、香港の政治情勢の変化により資産を香港からシンガポールに移す動きも出てきているようです。 

続く 

この記事を書いた人

岩田雄

サウスカロライナ大学国際MBA、ウィーン経済経営大学国際MBA、修了。国際基督教大学卒業。

MBA終了後、東京でステート・ストリート信託銀行、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントに勤務。ロンドンで日興アセット・マネジメント・ヨーロッパにて欧州/中近東のソブリンウェルスファンド、銀行、年金、保険会社、王族ファミリーオフィスなどに営業を行う。

その後、日興アセット・マネジメント・香港設立のため香港に転勤後、シンガポールの日興アセット・マネジメント・アジアに赴任。三井住友銀行シンガポール支店、J. Safra Sarasin銀行を経て2020年にコンサルティング会社をシンガポールで設立。

2023年4月にシンガポールのマルチファミリーオフィス、ファースト・エステート・キャピタル・マネジメント(First Estate Capital Management)の取締役兼ウェルスマネジメント部門のヘッドに就任。