2021年12月に日経新聞が100億ドル超の「デカコーン」倍増という記事を出しました。時価総額が100億ドル(1兆円以上)の企業が出現しているという内容です。中国の「バイトダンス」や「アントグループ」が時価総額1位/2位を占め、イーロン・マスク氏の率いる「スペースX」と共にデカコーンを超える『評価額が1000億ドル超のヘクトコーン」』として紹介されました。アジアの富裕層がこういう企業に投資しているのか?どのタイミングでどうやって投資しているのか?日本人も投資できるのか?などについてBridge Rock Consultingのマネージング・ディレクター、岩田雄さんに聞いてきました。
時価総額が1兆円を超える未上場企業が世界に30社もあるというのはすごいですね。日本では考えられません。
仰る通りです。シンガポールの地場の企業も考えにくいと思います。ユニコーンは日本でもシンガポールでも見かけますが。
日経の記事にでている企業は米国・中国が主でやはり自国市場の大きさが有利に働いた印象があります。その一方で豪州・英国の企業もランク入りしていることから、ネットで世界がつながっているので英語が使えるのも有利なのでしょうね。
アジアの富裕層は中国のユニコーン・デカコーン・ヘクトコーンに投資しているのでしょうか?
スタートアップ直後に投資する投資家はアジア人も欧米人も少ないかと思います。この段階は本当の意味で玉石混交であるので、ファンドでも個別企業でも仮に投資してもあまり良い結果が出ず、がっかりしてその段階の投資を止める投資家が多いようです。数ヶ月前に中東の政府系ファンドの投資担当者と話をしたときに、「我々はベンチャーキャピタルには投資しない方針だ!」と明言していました。口ぶりが苦々しかったのが印象的でした。
アジアの富裕層の多くはレイトステージ、特にあと6ヶ月後くらいに上場予定、という案件を好むようです。
「バイトダンス」や「アントグループ」、「スペースX」などもですか?
2021年に見聞きした案件では「バイトダンス」と「スペースX」はありました。スペースXは上場予定がまだ無いようですが、人気ですね。他に中国企業では医療関係の「We Doctor」・「JD Health」、ドローンの「DJI」、ライドシェアでは中国の「Didi」、シンガポールの「Grab」、インドネシアの「Gojek」の案件も見ました。
どうやって投資するのですか?
多くの案件は未上場企業に直接投資するのではなく、未上場企業に投資する特別目的会社株が取引されています。中には、未上場企業に投資する特別目的会社に投資する特別目的会社株が取引されるケースもありました。2階建てですね。稀に直接投資できるケースもありました。
複雑ですね。なぜ直接未上場企業に投資するのではなく、特別目的会社を経た取引がされるのでしょうか?
未上場企業の株式には、Right of First Refusal、ROFR(「ローファー」)と言う権利が既存投資家に与えられているケースが多くあります。簡単に言うと既存投資家はその会社の株を持つ他の投資家が持ち分を売る場合に、同じ条件で優先的に買える権利です。ある投資家が自分の持ち分を他の投資家に売ろうとしても、他の既存株主が「待った」をかけて横取りできる仕組みです。新しく買う予定の投資家は、油揚げを攫われるような状況になります。未上場企業株を保有する特別目的会社株の取引の場合、未上場株の株主は引き続きその特別目的会社なので、未上場企業の他の株主に横取りされる心配はありません。
これから上場予定の未上場企業株を売る側はなぜ売るのでしょうか?もう少し待てば大儲けができるのでは?
売る側の事情は色々とあるようです。急に資金化する必要がある、他に投資したい案件がある、などもありますが、見聞きした案件の多くはその企業に投資するベンチャーキャピタルファンドが一部売却をすると言うケースです。ファンド全体の資金管理もあるでしょうが、それよりもたまに持分の一部を売ることでそれがニュースとなり、そのたびに評価額が上がり、買いそびれた投資家の購買意欲をかき立てて上場時の株価を高めに誘導する、という戦略のようです。
リターンは高いのでしょうか?
ベンチャー投資はアーリーステージが一番リターンが高いという調査結果があります。ただ先ほどもお話しした通り、玉石混交なので投資の技術が必要という学術研究もあります。この点については、別の機会にお話しできればと思います。
上場直前の未上場企業投資は投資の確実性がアーリーステージに比べて高く、また今話題の企業である点も安心材料なので人気です。中華系の富裕層は中国本土でどの程度そのテック企業が人気なのかを肌感覚で知っているので、中華テックに強気です。同じように、印僑はインド・テックに強気です。
不確実性が高い時代なので、確実性が比較的高く、投資期間が短く、それ相応のリターンが期待できる投資がアジアの富裕層に人気の投資テーマに感じられます。
リスクも高そうですね。
リスクは上場企業株に比べて高いといえます。
まず、投資リスクとしては買った後に、会社の調子が悪くなっても簡単に売れませんし、上場がされないケースもあります。
昨年、Ant Financialというアントグループの企業の上場が急に延期されたケースを覚えておられると思います。上場が噂されていた時にAnt Financialの未上場株に投資できる機会がありました。あの時は相当加熱して、中国大陸の投資家がものすごく高い買い付け手数料を払ってでも投資しようとしました。延期に伴い当然その取引は中止となり、手数料を含めて投資金額の全てが投資家に払い戻されたそうです。取引を仲介した人は働き損でしたが、仕切った金融機関は手数料を含めて全額戻したので、評判は上がりました。
手数料も高いのでしょうか?
仲介者に支払われる手数料が発生します。特別目的会社に投資する場合には、その特別目的会社の運用報酬・成功報酬がかかるケースが多いようです。
詐欺のリスクも高そうですね。
これが上場株式と比べて一番大きなリスクかもしれません。
買う方の詐欺リスクとしては、本当に未上場企業の株式に特別目的会社経由で投資できるのか?特別目的会社が2階建てになっているときは特に心配ですね。
売る方も詐欺リスクなどの心配があります。買う投資家が本物か、お金は本当に入ってくるのか?と心配になりますし、反社会勢力やテロリスト、資金洗浄の手助けにならないか、などの心配もあります。その意味では投資家も「選ばれる」投資です。
信頼できる仲介者が介在することでこのリスクがある程度低減されます。ただ、最終的な投資責任は投資家が負います。Ant Financialのように需要が供給より高いケースでは仲介手数料が高くなることがあります。仲介手数料が高い=信頼できる、ではないので注意が必要です。
私が聞いている上場直前の案件は全てシンガポール政府から認可を受けた金融機関が仲介しています。彼らは売り手のブローカーと組んで、案件の成立の手助けをします。スタートアップ、シリーズAの案件は直接その企業から連絡を受けるケースもあります。
取引自体の流れはどのようなものですか?
シンガポールの金融機関が仲介する例で申し上げますと、投資家はまずその金融機関から本人確認などを受ける必要があります。これをきちんと行わない仲介者はお勧めできません。他にどんな投資家と付き合っているかわからない金融機関は不安になります。
その後、その金融機関から紹介された案件のうち、興味のあるものについてより詳しい情報を知りたい場合には投資家がNon Disclosure Agreement (NDA)を結びます。この段階では、情報交換をするだけで、売買の成立ではありません。NDA締結後にもらった情報でさらに投資を具体的に交渉したい場合にはLetter of Intent (LoI)にサインします。10億円以上の取引の場合には、銀行口座の預金残高のコピーを求められることもあります。1件で200億円という取引も極めて稀ですがあります。この段階でもまだ売買成立ではありません。LoIが売り手に渡り、売り手と買い手が直接交渉を行う。双方が納得し、売買が成立すると譲渡契約書にサイン、送金と株主名義の変更、と言う流れになります。
投資家は基本的に受け身なのでしょうか?
ある会社に投資したいけど、売り手はいないか?という相談もたまにあります。先日もSpace Xについて問い合わせがありました。取引金額が10億円以上の場合には売主が現れることもあります。
今後このような投資機会はあるのでしょうか?
続くと思います。アメリカ・中国だけではなく、欧州・豪州・東南アジア・イスラエルなどの中東・南米など未上場企業の設立とエグジットが盛んです。アジアのほか、欧米の富裕層も集まるシンガポールに案件も集まっています。また、アジアの富裕層の投資家同士の取引も今後はさらに増えると思います。
日本人も投資できるのでしょうか?
日本ではなかなか情報の入手が難しいかと思いますが、ウェルズ・パートナーズにご相談されるのが良いと思います。
続く