年金積立金管理運用独立行政法人GPIFも手掛けるESG投資が運用業界を席巻して数年経ちます。最近では「グリーンウォッシュ(見せかけだけの環境対応)」の批判が広がり、ドイツ銀行グループのDWSゴールドマン・サックスなど欧米の資産運用会社が捜査の対象となりました。日本でもニッセイアセットがESG投信の指針を発表して対応する一方で、ESG投資で有名なアファーマティブ・インベストメント・マネジメント・パートナーズフェデレーテッド・ハーミーズが日本拠点を開設しています。一過性のブームなのか、新しい常識なのか、判然としません。

アジアの富裕層のESG投資の今後についてBridge Rock Consultingのマネージング・ディレクター、岩田雄さんに聞いてきました。

日本ではESG投資が盛んですが、シンガポールはいかがでしょうか?

2011年にロンドンからシンガポールに異動となりました。当時、勤務していた日本の運用会社は世界銀行が発行するグリーンボンドに投資するファンドを日本とルクセンブルグに設立しました。記憶では「グリーンボンド」に投資する世界で最初のファンドだったと思います。この債券運用チームがその後、独立してアファーマティブ・インベストメントになり、三井住友FGが出資しました。 ロンドンに勤務している時に、欧州の機関投資家からルクセンブルグ籍のファンドに投資していただきました。シンガポールに移りたての頃は、このファンドの話をしても「サステイナブル」や「グリーン」は投資家の共感を得られていなかったのを覚えています。「それより先に経済成長」という意識が機関投資家や富裕層で多かった印象です。現在はESG花盛りです。

プライベート・バンクもESGを勧めていますか?

全てのプライベート・バンクが投資信託を中心に商品を提供していると言っていいと思います。グリーンボンドや債券ファンド、株式ファンドのほか、プライベートエクイティも「ESG」や「インパクト」を謳うファンドが多くあります。

ESG投資は良好な運用成果をだせるのでしょうか?

ESG投資と運用パフォーマンスについてはいろいろな意見があります。ニューヨーク大学の研究では、長期的にはプラスの傾向、社会的/経済的に混乱している市場では下落リスクを抑える傾向がある、などあまり歯切れの良い結論には至っていません。

長期の負債に合わせた資産運用が重要な年金基金や生命保険会社などの機関投資家は運用パフォーマンスを無視できません。今後も手数料控除後のパフォーマンスが明らかに上回らなければ、一昔前に流行った「社会的責任投資」のように先細りになるかもしれません。英国のある公的年金基金は、「10年間社会的責任投資で株式運用を行ったけどパフォーマンスが普通の投資に比べて劣後したのでもうしない」と語っていました。10年以上前の話なので、現在はまた投資姿勢が変わっているかもしれません。

富裕層投資家の取り組みはいかがでしょうか?

個人投資家やファミリーオフィスは運用成果のみならず、より広義のリターンを追求するので、ESGやインパクト投資は続いていくと思います。ツァオ・ファミリー・オフィスのようにファミリーの強い希望から投資哲学にサステイナビリティや社会的責任を明確に打ち出す投資家も増えている印象です。

グリーンウォッシュも気にしていますか?

投資経験が豊富な投資家ほど気にしていますし、運用者側も気にしています。

ツァオ・ファミリー・オフィスは、株式担当、債券担当と同列にインパクト担当者を採用し、どのような運用が行われているかを精査しています。

運用者、特に株式ファンドに投資する運用者は歯痒そうです。彼らが投資するのは上場株でかつすでに流通しているものです。株価が上がればその企業の資金調達コストが下がるのでプラスですが、直接事業拡大の資金となりません。また、ESGの取り組みについて様々な質問書への回答を企業側が求められるので、実はコスト拡大につながっているという意見もあります。

運用会社もいろいろな規制が乱立する中で、どの基準に応じた情報開示を投資家が求めているかについて四半期報告のウェブ会議を活用してアンケート調査をしているところもありました。

債券は調達した資金を事業拡大や設備投資などに紐づけることが行いやすいので、グリーンボンドの発行も増えるでしょうし、発行体、運用者、投資家の全てが納得しやすいかもしれません。

今後もESG投資は続きそうですか?

個人的には、先ほどのニューヨーク大学の研究結果を考えると、ESGは債券投資には適していると思います。発行体の破綻リスクが下がることは債券投資家にとってはプラスです。

一方で、ESGの基準に準拠していることを証明するためにコンサルタントに払う費用を含めて企業にかかる負担は株式投資には単純にプラスとは思えません。ただ、カーボンニュートラルへの世界的な取り組みを追い風に、その達成に直接的に寄与する製品/サービスを有する企業にはプラスだと考えます。

(2022年8月24日投稿)

この記事を書いた人

岩田雄

サウスカロライナ大学国際MBA、ウィーン経済経営大学国際MBA、修了。国際基督教大学卒業。

MBA終了後、東京でステート・ストリート信託銀行、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントに勤務。ロンドンで日興アセット・マネジメント・ヨーロッパにて欧州/中近東のソブリンウェルスファンド、銀行、年金、保険会社、王族ファミリーオフィスなどに営業を行う。

その後、日興アセット・マネジメント・香港設立のため香港に転勤後、シンガポールの日興アセット・マネジメント・アジアに赴任。三井住友銀行シンガポール支店、J. Safra Sarasin銀行を経て2020年にコンサルティング会社をシンガポールで設立。

2023年4月にシンガポールのマルチファミリーオフィス、ファースト・エステート・キャピタル・マネジメント(First Estate Capital Management)の取締役兼ウェルスマネジメント部門のヘッドに就任。