2022年はウクライナで紛争が始まり、インフレ対策でアメリカを始め多くの国が短期金利を引き上げ、株式/債券市場が大荒れの一年でしたが、11月に暗号通貨業界でFTXが破綻するという大きな出来事がおきました。

FTXの破綻の前後、その背景についてはすでに多くが語られています。日本経済新聞の記事を検索すると、FTXの変調の最初の記事は11月8日付けの記事「暗号資産の相場反転に冷や水 大手業者トークン売却騒動」で『世界最大規模の業者であるバイナンス・ホールディングスのチャンポン・ジャオ最高経営責任者(CEO)が7日、ライバルの交換業者FTXトレーディングが発行するトークン(電子証票)を売却すると発言。FTXのサム・バンクマン・フリードCEOが対抗措置を示唆すると、仮想通貨全体に売りが波及した。』と報じています。その後、


● 9日「仮想通貨大手バイナンス、同業FTXの事業買収で合意」
● 10日「仮想通貨大手バイナンス、FTXの買収方針を撤回」
● 11日「仮想通貨FTXのCEO「流動性確保へ全力」 混乱を謝罪」
● 12日「仮想通貨交換大手FTXが破産法申請」
● 13日「破綻のFTX、数億ドル規模の不正引き出しか 米報道」
● 14日「仮想通貨業者「FTX」破綻、リーマン型かエンロン型か」
● 15日「破綻の仮想通貨FTX、米国やバハマが捜査 顧客資産巡り」


と1週間でトークンの売却話からFTX買収→買収撤回→破産→捜査と目まぐるしく変化しました。いつ、どこで、誰が、何をしたか、ということについては今後の調査報道でつまびらかにされると思いますが、今回は事前にFTXのオペレーション上の脆弱性を認識できたかどうかについてオペレーション・デューデリジェンス(ODD)を専門に行うカナダのCastlehallが出した報告書を元にお伝えします。

まずCastlehallという会社ですが、15年間にわたりヘッジファンドやプライベートエクイティファンドなど運用会社のODDを行う会社です。オペレーション上のリスクは収益の源泉にならないリスク、つまり投資家がとるべきリスクでは無い、というのは自明です。

2007年1月にカナダで設立され、その年にあるヘッジファンドのCFOが行っていた不正を見抜き、Castlehallの顧客がそのヘッジファンドに投資することを阻止しました。そのヘッジファンドは後に総額3億米ドルの損失を出します。

ODDを行えば確実に不正を見抜ける保証されませんが、大幅にオペレーション・リスクを減らすことができます。15年以上にわたり蓄積されたノウハウ、ネットワーク、ソフトウェア開発などがサービスの基盤をなしています。世界中の運用会社の「不正」やオペレーションの「脆弱性」を見てきていますので、押さえるべきツボを心得ています。彼らのモットーは「信用するが確認する(Trust but Validate)」というもので、私が仕事を一緒にしている二つの運用会社も彼らの精査を受け、そのうちの1社は大手金融機関とのサービス契約書が期限切れになっているのを指摘され(相手の大手金融機関も見落としていました)、あわてて更新したということもありました。

彼らは運用会社の運用の上手い下手については調査対象ではありませんが、運用手法ごとに必要とされるオペレーション上の注意点を重点的に調査します。

さて、今回のFTXの分析をした結果、大きく4つの軸で注意点を報告書は指摘しています。

業務インフラの構成、人員、システム、マニュアルの確認。

2021年末段階でサム・バンクマン・フリード元CEOは約150億ドルの資産がFTXのプラットフォーム上にあり、世界の暗号通貨取引の10%に相当すると語っていました。また、2022年7月には登録者数が数百万人いるとも語っています。

それに対してFTXの従業員総数は300名。Chief Financial Officerは置かず、Chief Operating Officerのコンスタンス・ワォン氏はLinkedInの経歴を見るとシンガポールの投資銀行で2年間のアナリスト経験の後に8ヶ月の間、別の暗号通貨会社での経験を経て就任しています。

FTXのもう一人の経営陣は、当初はゼネラルカウンセル、後にチーフレギュラトリーオフィサーとなったDaniel S. Freiberg氏です。Freiberg氏は弁護士で、以前はオンラインポーカーの会社UltimateBet(以下「UB」)の関係者でした。UBは、インサイダーが他のオンラインプレイヤーのカードを見ることができる不正行為スキャンダルがありました。2021年10月と2022年1月にFTXは増資を行っていますが、この不正については2021年8月にCoinGeek誌がUBの当初の説明と異なり、Friedberg氏が積極的に関与していることが報じられています(※1)。

資産運用管理業務において、ODD   は業務インフラの全体的な構成と堅牢さを検討する必要があります。バックオフィスは、人員、システム、統制及び手続きの面で、その会社が行う業務の規模と複雑さに耐えられるのか?バックオフィスは、十分な業界経験と資格を有するCFO又はCOOに率いられているか?CFO及又はCOOは、帳簿及び記録の正確性と投資家資産の保護を果たすために十分な権限を有しているか?などが確認する事項となります。

社内外の利益相反の有無の確認

サム・バンクマン・フリード氏はFTXを2019年5月に設立する前の2017年に自己勘定取引を行うAlameda Researchを設立しています。実質的にFTXはヘッジファンドが所有する暗号通貨取引所でした。

暗号通貨取引所の世界は、ニューヨークやロンドンのような高度に規制され世界的に認知された証券取引所やシカゴやニューヨークの商品取引所とも全く異なる運営をしていました。バハマの親会社であるFTXは、おそらく規制されていない証券会社として、顧客の預金を預かり、証券の売買を行っていたというのが一番現実に近かったのではないでしょうか。

FTXが破産申請後に就任したジョン・レイ新CEOからの最初の報告によると、Alameda Researchは、「裁定取引、マーケットメイキング、イールドファーミング、ボラティリティ取引」等の戦略に従事していました。明らかに、傘下の取引所で取り扱う資産を親会社のヘッジファンドが投資する場合、広範かつ非常に重大な利益相反が存在します。Alamedaが自己勘定取引を行う際に、取引所の顧客の取引内容と顧客のポジションの詳細に内部からアクセスできたなら、その情報は明らかに価値があったでしょう。FTXとAlamedaに強固な情報バリアがあり、両社のコンプライアンスチームがきちんと管理していれば、これらの懸念は少なくとも部分的に軽減されたはずです。

Bloombergは他の利益相反について報じています(※2 )。FTXに送金する顧客の中には、実際に Alameda経由で送金を指示されした人もいます。これは、顧客資金の保護と分離に関する最も基本的な管理体制にさえも根本的な欠陥があることを意味します。またFTXとAlamedaのもつれた関係と不十分な記録管理が明らかになりました。

Alamedaのキャロライン・エリソンCEOが、FTX設立後の一時期、バンクマン・フリード氏と恋人関係であったという点でも別の利益相反の芽でした。ちなみにエリソン氏は、バンクマン・フレンド氏と同様、FTX入社前に資産運用に携わったのは、ニューヨークの自己勘定取引を行う Jane Streetだけでした。またエリソン氏のソーシャルメディアへの投稿を調べれば、薬物使用の影響下で働くことに関する彼女の見解など、様々な論議を呼ぶ意見が確認されたことでしょう。

利益相反と関連当事者取引は、すべてのODDで精査されるべき点です。どのような関係者がどの業務に関与し、関係者間の取引はどのような範囲で行われているか?関係者間の情報フローの制限は存在するか、そしてコンプライアンスの専門家によってモニタリングされているか?主要関係者間の個人的関係も開示され、投資家によって評価できるようにされるべきです。

財務諸表の監査と監査法人の確認

外部の監査法人が監査した財務諸表の有無はODDプロセスの基礎をなすものです。ジョン・レイ新CEOの報告によると、FTX  USはレイ氏も既知のAmanino社が監査を行い、バハマの FTXはレイ氏が知らなかったPrager Metis社が担当していました。ちなみにAlameda Researchは監査を受けていなかったようです。

監査体制のデューデリジェンスには二つの大きな焦点があります。一つ目は、監査法人自身の業務経験、リソース、総合的な能力の確認です。必ずしも「ビッグ4」(デロイト、KPMG、アーンスト・アンド・ヤング、PwC)と呼ばれる監査法人がファンドの監査をしなければならないわけではありません。今回のケースでは、Armanino社もPrager Metis社(PM社)も適切な監査法人でした。PM社の方がはるかに規模が小さいのはいなめませんが、FTによりますと、PM社は売り上げが1億米ドル以上ある事務所です。

しかし、「監査法人の顧客の集中度」を考慮することが重要です。FTXはPM社の最大顧客であり、急速に拡大するデジタル資産分野でPM社が業務を拡大しようとしていたのであれば、おそらく彼らの最も有名な顧客だったと思われます。売り上げ上、あるいは評判の上から重要な一部の顧客に依存している監査法人は、監査プロセスにおいて専門的な厳しさを発揮することをためらうかもしれません。

また、監査の目的も忘れてはなりません。ファンドの財務諸表を準備することは、資産運用会社の責任です。監査法人は、財務諸表に示されたファンドの財政状態や業績が実質的に正しいかどうかを判断する責任を負っています。多くの投資家はこうした概念に精通しています  が、おそらく監査プロセスの実体や実際にどう実施されているかにはあまり目を向けていないのではないでしょうか。監査法人は、資産運用会社経営陣の主張を裏付けるため、サンプルベースで証拠を収集しようとします。監査プロセスは、資産運用会社が作成したファンドの財務諸表と矛盾する、あるいは反証となり得る新たな証拠を積極的に探し出すための精力的な努力では決してしていません。例えば、ビッグ4の監査法人が、同じ不良債権を保有する15のヘッジファンドを監査し、各ファンドが異なる価格でその証券を評価することを「認めてしまう」こともあります。

ODDを行う際に、常に監査法人の身元を考慮し、監査済み財務諸表を確認する必要があります。監査済の財務諸表がない企業への投資は、常に高いリスクを伴います。小規模の監査法人による監査は、必ずしもBig4による監査より「悪い」わけではありませんが、知名度の低い監査法人が監査する場合には、投資家は慎重に能力と専門性を評価する必要があります。また、投資家は、監査プロセスは完璧ではなく、限界があることを認識する必要があります。

機会損失の恐怖

機会損失(Fear of Missing Out、「FOMO」)は、FTXにまつわる物語の支配的なテーマです。2022年初めまでソフトバンク首脳陣の中心メンバーとして孫正義と一緒に仕事をしていたマルセロ・クラウレ氏はツイートで「FTX騒動について個人的に反省していますが、FOMOが理由で投資をしてはいけない、常に投資対象を100%理解しなければいけないという二つのことを改めて教えられました。私はこの両方で完全に失敗しました。」と述べています。

ベンチャーキャピタルの世界で最も経験豊かな投資家の一人が、自分の会社がFTXに投資家の資金を投入したとき、ソフトバンクが何に投資しているかを理解することに「完全に失敗した」と認めているのは、救われる思いがします。

国によって規制は若干異なりますが、投資顧問や資産運用会社として営業することは、実質的に受託者として活動することです。受託者は、投資判断や助言に正当な根拠を持つべきです。一つの指針として、CFA保有者、CFA協会の「業務基準ガイダンス(2014)」の「基準V(A) Diligence and Reasonable Basis」を参照することができます。これは、投資の専門家は、 “あらゆる投資分析、推奨、または行動に対して、適切な調査と研究に裏付けられた合理的かつ適切な根拠を持つべきである “と述べています。

まとめ

報告書では、創業3年目のフェイスブックに参画し、その後ベンチャーキャピタリストとなったChamath Palihapitiya氏がポッドキャスト「All-in」で自身のVC運用会社がFTXとFTXへの出資について交渉した時の経験について語ったエピソードを紹介しています。最初のビデオ会議の後、腑に落ちない点がいくつかあったの で、出資の検討を進めるためにFTXに「取締役会を作る」など3つ改善点を申し入れたそうです。FTXはほぼ「糞食らえ」という返事でPalihapitiya氏のファンドは投資を見送ったそうです。

報告書を読み、要約する作業を通じて個人富裕層の立場からできることはいくつかあると思います。

  • 運用会社の運用者/経営者の履歴や活動をLinkedIn、ツイッター、フェースブックで確認する。最近はDeepLなど以前より正確に翻訳してくれるサイトもあります。
  • ファンドの運用に関わる関係者間の利益相反の可能性が無いかをその投資機会を紹介した金融機関やアドバイザーに確認する
  • ファンドや運用会社の財務諸表が監査されているを金融機関やアドバイザーに確認する
  • そして、おそらく一番大切かもしれないのは自分が「この投資機会を見逃しちゃならない」と欲をかいて結論を急いでいないか、と自問する

最後に、世界にはデューデリジェンスサービスを提供する会社/コンサルタントが多数ありますが、監査法人について指摘された点がここでも応用されます。その会社/コンサルタントの経験、リソース、総合的な能力を確認し、うまく活用すれば「羹に懲りて膾を吹く」こともなく、魅力的な投資機会を見出すことができるのでは無いでしょうか?

(※1)https://coingeek.com/tether-links-to-questionable-market-makers-yet-another-cause-for-concern/
(※2)https://www.bloomberg.com/news/articles/2022-11-28/ftx-received-some-customer-deposits-via-bank-ac-counts-held-by-alamed a?sref=r7CPXr2V
(※3)https://www.ft.com/content/72c3c6cb-478a-4166-9f1c-7590fdb6b6ef


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この記事を書いた人

岩田雄

サウスカロライナ大学国際MBA、ウィーン経済経営大学国際MBA、修了。国際基督教大学卒業。
MBA終了後、東京で外資系銀行、外資系資産運用会社に勤務後、ロンドンで日系資産運用会社の欧州子会社で法人営業を行う。欧州/中近東のソブリンウェルスファンド、銀行、年金、保険会社、王族ファミリーオフィスなどに営業を行う。その後、香港子会社設立のため香港に転勤後、シンガポールの子会社に赴任。三井住友銀行シンガポール支店、J. Safra Sarasin銀行を経て2020年に独立。シンガポールで欧米アジアのヘッジファンド、プライベートエクイティファンド、資産運用会社、弁護士事務所、ファミリーオフィスなどへのコンサルティング業務を行っている。