英国のフィナンシャル・タイムズで未公開株投資、特にバイアウト投資に関するPE投資グループのお行儀の悪さに関する記事を3つ見つけましたので、共有します。(※為替レートは2022年9月25日時点のレートです。)

最初に目についた記事は、「デンマークの年金基金が未公開株(PE)投資は『ピラミッドスキーム(ねずみ講)』になる可能性があると警鐘(Private Equity may become a ‘pyramid scheme’, warns Danish pension fund)」という刺激的なものでした。2022年9月21日付の記事を要約します。

  • デンマーク最大の年金基金のトップが未公開株式投資業界をねずみ講となぞらえ、バイアウト運用者が自社の運用するファンドや同業他社に投資先の会社を売却することは「良いビジネスではない」と警告。
  • Mikkel Svenstrup氏はATP(デンマーク最大の年金基金)の最高投資責任者(CIO)で、彼の懸念は、ATP が投資しているPEファンドによる昨年のポートフォリオ企業の売却の 80% 以上が、同業他社ファンドへの売却か、同じPE投資グループが運用する「継続ファンド(continuation fund)」への売却であったため生まれた。ちなみにATPの運用資産は1190億ユーロ(約17兆円)、147のバイアウトファンドに投資中。
  • 「私たちはファンド投資家であり、何百のファンド、何千ものポートフォリオ企業に投資しています。これ(同じ会社が運用するファンド間の取引、あるいは同業他社ファンドへの売却)は良いビジネスではありませんよね?潜在的に、ねずみ講の始まりです。誰もがお互いに売買をしています。銀行はそれに貸し出しを行っています。」(Svenstrup 氏)。
  • Svenstrup氏の発言はカンヌで開かれたIPEM 未公開株式会議での発言。今年6月に(フランスの)アムンディ・アセット・マネジメント社のVincent Mortier氏の発言に似ている。Mortier氏はPE投資業界の一部は「ねずみ講に見えなくも無い」と発言している。
  • Svenstrup氏は続けて「PE市場がただちに崖から落ちるようなことになると言っているわけではありません。ただ今後、投資リターンは下がり、費用が上がると思います。」と語った。一方で、PE業界がいくつかの未公開企業が株式上場や長期投資家に買収される上で重要な役割を果たしたことも指摘した。会議で同氏は今後、ATPが投資するPE運用会社の数を減らす、と言明した。
  • 「我々は(投資先ファンド)の活動を注視しています。誰がブリッジローン、レバレッジ、その他IRR(内部収益率=Internal Rate of Return)をよく見せるためのトリックを使っているかどうかを。」

「継続ファンド(continuation fund)」にリンクがあり、「自分に売る:自ら投資している会社を買うPE投資グループ(Selling to yourself: the private equity groups that buy companies they own)」という記事につながっています。

記事は英国郊外の英国でも知名度の低い二つの企業の企業価値が10年間で急上昇、車のフロントガラスの修理を行うBerlon社と、業務管理ソフトを扱うThe Access Group紹介記事でした。The Access Groupに関しては、企業評価は92億ポンド(約1兆4000億円)。2015年から3800%の急上昇となっています。

  • この二つの会社は株式を上場せずにここ6ヶ月間(記事は2022年6月21日付)で投資家から英国の大企業と比肩する評価をされた。これは米英を中心にいくつかの市場で最も熱いトレンドとなっている実質的にPE投資グループが自ら関わるファンド間で会社の売買をしている取引が原因だ。
  • 投資先企業の上場や他の投資家への売却をせずに、ファンドの投資家に約束した10年間の間に資金を返すためにコロナ禍初期からこの手法が流行り出した。
  • 低金利時代に大量に流入したPE投資資金もこのような取引を後押ししている。金利が上昇をし始め、資金流入の先細りが懸念される中、売却に適した企業に投資しているPE投資グループには魅力的な投資手法だ。
  • この投資手法にはまだ定まった名前がない。「継続ファンド(continuation fund)」、「GP主導セカンダリー(GP-led secondary)」あるいは「アドバイザー主導セカンダリー(adviser-led secondary)」と呼ばれる。共通するのは投資先企業が同じPE投資グループが運用するファンド間で売買されることだ。
  • Raymond James’ Cebile Capital によると2021年にはこのような取引が650億米ドル(約9兆3000億円)相当行われた。2019年は270億米ドル(約3兆8000億円)相当だった。
  • 懸念がいくつか指摘されている。一つは利益相反に関するもの。
    • 同じPE投資グループが売り手/買い手の両方に関わる。どちらかに有利になってしまう。Belron社のケースは例外であったが、多くの継続ファンドへの売却は他のファンドや投資家に入札する機会を与えずに取引されている。売却するファンド、買い付けるファンドの両方に投資している投資家は、売却価格が合理的であったかどうか知る由もない。
    • Raymond Jamesの調査によると、継続ファンドの投資案件の42%は売却するファンドがそのファンドの投資家に報告していた投資先企業の評価より低い価格で取引されている。50%は評価どおり、8%のみが評価以上で取引されていた。
  • もう一つの懸念はPE投資グループの運用報酬に関するもの。単純化すると次のような仕組みになる。
    • 投資家が払う基本運用報酬はファンドの投資仕込み期間(investment period)は年間1.5%から2%で設定され、投資している金額全てに対して費用がかかる。
    • 最初の4−6年間に及ぶ投資仕込み期間が終了すると、残りの期間はファンドが売却していない資産にのみ基本運用報酬が適用される。PE投資グループはファンドの運用期間の後半は基本運用報酬が減る構造となっている。
    • 後継ファンドに投資先企業を売却することで、PE投資グループは再び基本運用報酬を投資家から受け取れる。継続ファンドの報酬が前より高いこともある。
  • 成功報酬にも仕掛けがある。
    • 継続ファンドに投資先企業が売却される際にPE投資グループは成功報酬を受け取れ、継続ファンドが投資先企業を売却するときにも受け取れる。
    • 成功報酬は通常8%で設定されている投資家への優先リターンを超えたリターンに適応される。最初のファンドが全体で8%を達成できず、ただ投資先企業に一つ魅力的な投資先があれば、後継ファンドに売却することでPE投資グループが成功報酬を受け取れる道ができる。
    • 「スーパー成功報酬(super carry)」と呼ばれる費用構造もある。後継ファンドが20%のリターンを投資家に返せない場合にはPE投資グループの受け取る成功報酬を20%から減らすが、投資家へのリターンが20%を超える場合には成功報酬もさらに増える仕組みだ。スーパー成功報酬の利率は25%が多いが30%に及ぶケースもある。

金利が上昇し、サプライチェーンが混乱し、経済が低迷すれば企業の収益はプレッシャーを受け、それは上場/未上場に関係がありません。

「株式市場が混乱しているときに未公開株投資を行うのは良い投資というのはおとぎ話で、継続ファンドは『不都合な真実』を隠しているだけだ。」という専門家の発言で記事をまとめています。

さて、冒頭のATPのCIOの記事はIRRをよく見せるためのトリックにもリンクがありました。

飛んだ先の記事は「ハリー・ポッターでさえ無限の金融リターンを産むPE業界の魔法使いたちの使う魔法をうらやむかもしれない」という書き出しで、「金融の魔法がPEのリターンにマジックを吹き込む (Financial wizardry breathes magic into private equity returns)」という2022年6月21日付の記事です。要約します。

  • PE投資グループは、投資家からの資金をファンドが受ける前に、投資の約束を担保に買収取引の支払いに使用されることが多い銀行ローンを広く調達している。
  • サブスクリプション ライン ファイナンシング(subscription-line financing)として知られるこの手法は、運用者の成功報酬を多く得るために使われている。重要な評価指標である内部収益率は投資家の資金がファンドに入金された日付に基づいているためだ。資金がファンドに入金される日付を遅らせると、IRR が上昇するが、投資家は銀行ローンの手数料と利息を支払うため、投資家への最終的なキャッシュ フローは減少する。
  • サブスクリプション ライン ファイナンシングは、従来は1年未満であったのが、最近は短期的な借入から長期へと変貌している。超低金利政策が続いたことで、PE投資グループが数年間も借入を行ったり、借入を使ってまだ投資成果が確定する前に投資家にファンドからの支払いを行っている。投資家からの資金を受け取る前に収益の分配を行えるので、理論的には内部収益率が無限大、ということも起こりうる。
  • ワシントンDCに本部を置くバイアウトファンド投資家を対象とする最大の業界団体、Institutional Limited Partners Association(ILPA)によると、会員の12%が銀行ローンを使いまだ投資先の売却が終わっていないにもかかわらず、収益分配が行われているのを報告している。ILPAはこのような投資手法に反対をしている。
  • ILPAは、投資家がサブスクリプション ラインの影響を理解するのは「ほぼ不可能」だと指摘し、諸経費控除後IRRをサブスクリプション ラインを使った数値と使わなかった数値の両方とそれぞれの計算方法について開示すべきだと主張。
  • IRRを計算する方法は標準化されていないため、運用者はアグレッシブにサブスクリプション ラインを使っている。
  • ジョンホプキンス大学のHookeシニア講師はtotal-value-to-paid-in ratio (総投資結果対投資額比率)の方がより正確に運用パフォーマンスを測れるが、まだ認知度が低いと指摘。
  • PE運用者は運用を始めてからのIRRを計算して得られる「設定来IRR」という指標も使う。運用開始初期に良好なパフォーマンスがあり、その後大きな失敗がなければ設定来IRRは高い水準を維持できる。ただ、オックスフォード大学のPhalippou教授は、投資家が得られるのは設定来IRRでは無いと警告する。
  • (バイアウトで有名な)Apollo社は設定来グロスIRR39%を謳っている。Apollo社が運用を開始した1990年に1億米ドルにこの数値を当てはめると、現在は2.3兆米ドルになるが、現在のApollo社の運用資産は2022年3月現在で3160億米ドル。Apollo社自身も設定来IRRは「ある時期をすぎるとあまり意味のある数値では無い」と答えている。「投資家にお金を返すことで、そのお金を別の場所に投資し、全体的な将来価値を高めることができることは議論の余地がありません。」とも語っている。

この記事の後半は、アメリカで確定拠出型年金の401(k)から、長年のPE投資グループのロビー活動の成果により、PE投資が可能となるとアメリカ政府が発表したことを紹介しています。PE投資グループのロビー活動を行っているAmerican Investment Council社長のDrew Maloney氏は「年金投資家にとって最もパフォーマンスが良い資産クラスにより多くのアメリカ人がアクセスできるのはとてもポジティブだ」と発言しています。一方でオックスフォード大学の調べでは、2006年以来、未公開株投資ファンドのパフォーマンスは上場株式と平均してあまり差がない、という結果も紹介されています。

欧米のPE投資に経験豊かな年金基金などが投資を減らしている中でアメリカの個人投資家に投資できる道を開き、IRRを操作し、利益相反のチェックが効かない状況下です。当然、PE投資グループが市場開拓を目指す市場はアメリカの個人投資家だけではありません。

PE投資グループの全てのお行儀が悪いわけでもありません。時間はかかりますが、ATPは日本のGPIF同様に投資先を開示しますので、彼らが継続して投資するPE投資グループのファンドがどこなのかを調べるのも一つの手かもしれません。また、紹介されるファンドが後継ファンドなのか、投資先企業の売却時に複数の投資家に見せているのか、設定来IRRだけでなく最近のIRRを聞きその結果の根拠を聞く、過去のtotal-value-to-paid-in ratio の実績を聞くなどの防衛策もあります。

ただ何事もそうですが、最後は投資家の見る目が問われます。

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この記事を書いた人

岩田雄

サウスカロライナ大学国際MBA、ウィーン経済経営大学国際MBA、修了。国際基督教大学卒業。

MBA終了後、東京でステート・ストリート信託銀行、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントに勤務。ロンドンで日興アセット・マネジメント・ヨーロッパにて欧州/中近東のソブリンウェルスファンド、銀行、年金、保険会社、王族ファミリーオフィスなどに営業を行う。

その後、日興アセット・マネジメント・香港設立のため香港に転勤後、シンガポールの日興アセット・マネジメント・アジアに赴任。三井住友銀行シンガポール支店、J. Safra Sarasin銀行を経て2020年にコンサルティング会社をシンガポールで設立。

2023年4月にシンガポールのマルチファミリーオフィス、ファースト・エステート・キャピタル・マネジメント(First Estate Capital Management)の取締役兼ウェルスマネジメント部門のヘッドに就任。