◆株式市場における「灰色のサイ」

前回は、米軍のアフガニスタン撤退に絡めて「ブラックスワン」についてお話させていただきました。ブラックスワン(Black Swan)とは、マーケットにおいて事前にほとんど予想できず、起きたときの衝撃が大きい事象のことです。超富裕層の読者は常このようなブラックスワンの存在は一般の人よりも敏感に考えなければならないとお伝えしました。そして、今回はブラックスワンよりも、ずっと起こりえる可能性が高い「灰色のサイ」について「恒大集団」の問題を絡めてお伝えします。9月21日に、中国の不動産大手「恒大集団」の資金繰り不安から、世界的にリスク回避の動きが強まり、日経平均株価が一時600円以上下落したことは記憶に新しいでしょう。今回の中国の債務問題は「灰色のサイ」の1つだと言えます。灰色のサイとは、「高い確率で存在し、大きな問題を引き起こすと考えられるにもかかわらず、軽視されがちな問題」のことです。草原に生息するサイは体が大きく反応も遅く普段はおとなしいのです、しかし、一旦暴走し始めると誰も手を付けられなくなり、爆発的な破壊力を持つことから比喩的に用いられています。中国では、2020年のデフォルト(債務不履行)の金額が過去最多の1492億元(約2.5兆円)に登り、2021年1~6月にデフォルトした社債の金額は約1160億元(約2兆円)に達しており 、昨年を上回るペースで増加しています。中国での投資活動が鈍化すれば、世界の景気を下押しする可能性があり、各国は動向の行く末を、緊張感を持って見ています。

◆リーマンショックとの類似点

恒大集団のビジネスモデルは、社債等の発行によって多額の資金を調達し、それを元手に不動産開発や海外資産投資を行って収益を得るモデルです。日本円換算33兆円以上(2020年末時点)の巨額負債を抱え、年間380万人を雇用するとされる恒大グループが破たんすれば中国経済全体に壊滅的な悪影響がもたらされる可能性があります。「資金調達」、「不動産の在庫販売」、「負債の返済」の歯車が合わなくなると、経営危機に陥るカタチがリーマンショックに似ているため「中国版リーマンショック」の可能性とも言われています。リーマンショックは不動産危機が金融市場に波及したことで、世界経済大きなダメージをもたらしました。しかし、恒大集団の1社のみのデフォルトであれば、中国国内で飲み込める規模であることから、事態がどの程度、他の企業に波及するかがポイントとなります。

◆恒大の破綻危機に中国政府はどう対処するのか?「共同富裕」

動揺が波及した背景の1つに、公的救済について中国政府にその意思がないと伝わったからです。中国では格差是正のために「共同富裕」を掲げています。貧富の差をなくして、すべての人が豊かになることです。中国の調査会社が発表する世界長者番付「胡潤百富」によると、2020年に10億ドル以上の資産を持つ中国人は1058人に達し、アメリカの696人を上回っています。一方で、中国には月収1000元(約1万7000円)程度で暮らす人が約6億人にも上る(日本経済新聞、21年8月27日)。貧富の差を示すジニ係数は、17年の中国のジニ係数は0.467です(日本経済新聞、18年2月13日)。貧困層の不満などから騒乱が多発する警戒ラインは0.4といわれていますが、すでに、これを大きく超えています。中国政府は国内の格差拡大と社会不安の因果関係を重く見る姿勢を強めており、今夏から「共同富裕(ともに豊かになる)」のスローガンのもと、所得再分配政策に軸足を置くことを宣言しています。このように「富裕層から貧困層への所得移転」を公言しているなかで、政府が恒大に公的救済の手を差し伸べるとしたら・・・。国民感情を抑えることはできないでしょう。恒大集団は不動産開発の資金調達手段として、国内の投資家や住宅購入者など富裕層に対して高利回りの金融商品を販売して、ここまで拡大しました。つまり、恒大集団を中国政府が公的救済を行えば、「共同富裕」を自ら否定することになるのです。

◆今後の株式市場の動き

以前から、灰色のサイである「チャイナリスク」については日本でも以前から認識されています。今回の中国恒大集団の債務問題については、ある程度、想定内の範囲だと見ています。ただし、中国では給与総額と個人住宅ローン残高の推移を見ておくと、2015年以降、住宅ローン残高が急増しています。これは、ローン返済が家計に重くのしかかっていることを示しています。家計の債務が増加するということは、住宅価格が急速に下落した際に、不動産市況だけでなく、金融市場に波及する可能性があるため、注意が必要なのは事実です。しかし、現状では、中国国内の不動産セクター以外に波及する可能性はないと見ています。日本株も、一時的な動揺はあるかもしれませんが、長期化しないと見ています。アフガニスタンの問題に続けて、中国の債務問題と世界に目を向ければ、超富裕層の資産を揺るがしかねない事象が次々と起こります。資産を多く持つ人ほど、地政学の知識が必要であることをあらためて、感じられたことでしょう。これからも、資産を守るために地政学を含めた情報を本連載ではお届けいたします。

この記事を書いた人

馬渕 磨理子

認定テクニカルアナリスト(CMTA®) 公共政策修士

京都大学公共政策大学院 修士過程を修了。法人の資産運用を自らトレーダーとして行う。その後、フィスコで、上場企業の社長インタビュー、財務分析を行う。全国各地で登壇、プレジデント、週刊SPA!、Yahoo!ファイナンス、ダイヤモンドZAI、日経CNBCなど多数メディア掲載・出演の実績を持つ。現在は、ベンチャー企業で未上場マーケットのアナリスト・マーケティングを担当。大学時代は、国際政治学を専攻し、ミス同志社を受賞している。

【連載等】
マネックス証券での連載、Yahooファイナンスの記事掲載、ラジオ日経の出演経験などがあり、『PRESIDENT』『週刊SPA!』『日経CNBC』『ダイヤモンドZAi』『Yahoo!ファイナンス』『週刊女性』『テレビCMマネックス証券』など多数のメディア出演