世界の富裕層投資家は何に投資しているのか?アジアを中心とした富裕層投資のハブとしてさまざまな商品や投資機会が集まっているシンガポールからまだ日本に紹介されておらず、欧米の富裕層投資家やソブリンウェルスファンド、大学基金や年金基金などが投資している戦略を紹介します。

現在、日本を始め世界中で600種以上の魚介類が養殖されています。安定した食料供給の必要性とアジアを中心に中流層が拡大し、お寿司などの消費の高級化傾向の両方が養殖業界の拡大に寄与しています。また養殖サーモンからコロナの治療薬候補が見つかり、臨床試験が行われています。

欧州で10年以上、養殖をテーマに株式投資を行い、ユーロ建の世界株式インデックスを大きく上回る運用をしているファンドがあります。地球資源との共存、サステイナブルな食品生産の観点からも欧州やアジアの富裕層からこの戦略は支持されています。コロナ前までは運用者がたびたび来日し、都市部の企業本社のみならず、九州のマグロの完全養殖の現場など日本全国の養魚場を訪れています。Bonafide Ltd. のMarco Berweger氏にインタビューしました。 

運用会社:Bonafide Ltd. (https://www.bonafide-ltd.com)

設立年:2009年

運用資産額:3.3億米ドル(約350億円)

従業員数:7名

オフィス:リヒテンシュタイン公国

旗艦戦略の期待リターン・期待リスク;年率リターン10%、年率リスク10%

運用戦略、運用哲学はどのように見出したのですか?

創業者の Christoph Baldeggerは趣味の魚釣りが高じて養殖をテーマとした投資戦略を思いつきました。市場調査をしたところ、ニッチすぎて難しいかもという自らの疑念を覆し、高い成長性が期待できる企業が多く見つかりました。人口は世界的に増えており、食べ物の消費も増えていますので当然と言えば当然かもしれません。最初は自己資金と知人からの資金で多くの人から「クレイジー」と言われながらファンドを始めました。10年経って、われわれは彼の見通しが正しかったと考えています。

富裕層などの投資家にアピールしているのはどのような点ですか?

人間性を大事にすることは人間の永遠のこだわりではないでしょうか?富裕層は何世代にもわたって投資します。自ら理解し納得でき、地球のサステイナビリティに貢献する投資機会を彼らは求めています。

Bonafideの運用戦略は分散されたポートフォリオの一角を占めるにふさわしい戦略です。われわれの特徴は運用のユニークさにあると考えます。低ボラティリティで素っ気ないほど安定したプラスの運用リターンは長期的運用を目指す投資家にはうってつけの戦略です。旗艦戦略は年率10%程度のリターンを目指しており、魅力的です。まだこのセクターは発展余地が大きく、また潜在的成長性も高いと考えています。

現在、何種類くらいの魚介類が養殖可能で、ポートフォリオには何種類くらい入っていますか?

現在、世界中で600種類以上の魚介類が養殖されていますが、一定以上の水揚げ高がある種類は限られています。魚の養殖の場合、漁獲高の9割は27種類の魚で構成されています。魚に比べると、甲殻類、貝類などは養殖される種が限られています。

Bonafideは上場企業で、安定して供給できる魚介類を養殖している会社にのみ投資するので、魚介類の種類としては限られています。珍しいところではオーストラリアのヒラマサ(Yellowtail Kingfish)を養殖している会社もポートフォリオの一部です。

具体的に養殖業関連とはどんな会社が含まれますか?

Bonafideは世界中の魚・シーフードセクターに関わる上場企業に投資しています。例えば、魚のカゴの製造会社、餌の製造会社、養殖を行っている会社、魚の解体や冷凍処理などを行う会社、運送/倉庫会社、そして消費者に一番近いお寿司屋さんなどのレストランまでバリューチェーン全体を投資対象とします。運用戦略は長期的視野に立ち、株価が割安、収益が黒字で魅力的な配当を払う会社に投資しています。

地域的にはどこの国に多く投資していますか?

サーモンの養殖はノルウェーとチリの二つの国で盛んで、多くの企業があります。魚やシーフードで有名な日本の企業はいつもポートフォリオに組み入れられています。魅力的な企業を輩出している国は他にタイとオーストラリアです。まとめますと、投資している企業はノルウェー、北米、南米、アジアとオーストラリアが中心です。

注目している国や地域は?

将来的な成長は世界中で見られます。企業もいろいろな地域に進出しています。アジア市場は中流層の拡大から企業の成長機会が大きくとてもエキサイティングです。

陸上での養殖も可能になっています。今まで縁の無かった地域も養殖を手がけ始めています。ただ、まだ始まったばかりで軌道に乗り収益が安定するまでもう少し時間がかかると考えています。

いろいろな夢や希望が成長のファンタジーを紡ぎますが、自然保護も重要です。多くの国が自然保護のための規制を導入しているのは良いことだと考えています。

日本には調査で何度も出張し、投資していますがどんな特徴がありますか?

日本は世界有数の魚やシーフードの市場です。長い歴史を持つ会社が多くあり、国民も養殖に親しみがあります。その一方で、企業が直面している課題もいくつかあります。まず、例えば産地の明示など消費者からの期待や要望が高まっています。また違法操業への目が厳しくなり、天然魚の種の保存も課題です。日本は人口が減っているので、輸出の重要性が高まっていますが、これらの課題へのポジティブな貢献を日本企業に期待していますし、日本企業の活躍の場は大きいと考えます。

日本はいつも我々を歓迎してくださいました。日本の経営者は慎重で、将来の見通しも低めに伝える印象です。株主としては多くの日本企業が潤沢に内部留保があるので、増配を期待しています。

また調査のために行きも帰りも隔離なしで日本に出張できる日が早く来るのを楽しみにしています。

世界的なトレンドとして注目していることは?

二つあります。

まず技術革新の速度が早いという点です。人工知能により養殖されている魚のモニタリングの精度がかなり進みました。餌やりが効率化され、病気の発見も可能です。その結果、環境への負荷が減り、コスト削減の両方に貢献しています。

二つ目の点は企業のサステイナビリティへの努力が増えている点です。世界の海の状況がよくあり続けなければこのセクターは伸びません。資源の循環への努力が続けられています。魚の排泄物は貝類や藻の栄養素となり、貝類や藻が今度は魚の餌になるというのは単純ですが重要な循環です。また魚の骨や頭はサプリに再利用され、一部はコロナの治療薬を含め、医薬品に認定されるための臨床試験を行なっています。

ESGという観点で投資先企業にはどのような働きかけをされていますか?

最近ESGの専門家がチームに加わりました。一日中、ESGに関わる仕事をしています。仕事の内容は大きく二つに分けられます。例えばトレーサビリティなど業界全体に関わる問題への対応と、個別企業の経営陣との対話を通してESGに関わるリスクと成長機会について情報交換をすることの両方です。多くの企業はすでに自らゴールを設定して取り組んでいますが、継続した企業との対話からベストプラクティスを世界中に共有できる点が重要だと考えています。ESGの年間活動報告は英文ですが当社のウェブサイトからダウンロード可能です。

運用のキャパシティに限りはありませんか?

運用キャパシティは毎年、少しずつ増えています。

地球の70%は海に覆われていますが、人間は摂取するカロリーの2%しか魚やシーフードから得ていません。海でサステイナブルな食べ物を生産するポテンシャルは大きいと考えます。

魚の養殖の環境負荷は小さいのでしょうか?

下の図にある通り養殖魚介類は動物性蛋白質をサステイナブルに供給する優位性を持っています。養殖魚を基準に他の動物と資源への負荷を比較しました。魚は最も場所を取らず、水を使わず、鶏と同じ程度の排泄物しか出ません。赤身の肉に比べた魚の優位性は一目瞭然です。

(出典:Bonafide Ltd., GHG= Green House Gas = グリーンハウスガス)

流動性の確保や分散などポートフォリオ構築の観点から運用の難しさはありますか?

世界中の企業に投資し、バリューチェーンに沿って投資しているのでポートフォリオ構築の点から難しさはありません。現在、約200の企業を投資対象として積極的に調査しています。思われているほどニッチな業界ではありません。世界の海が国だと仮定すると、世界で7番目に大きな経済規模を持つ国になります。「海の経済」は2.5兆米ドルに相当し、世界の人口の40%は海の恵みの恩恵を受けています。

ポートフォリオの分散は養殖している魚介類の種類だけでなく、地理的な分散、バリューチェーンの上流から下流まで幅広く投資することでも達成しています。地理的分散は先ほどお話ししました通り、欧州/米州/アジア太平洋と分散されています。

流動性が低いものの期待リターンが高い二つ目の戦略があるそうですが、その戦略について教えてください。

われわれの旗艦戦略に理解があり、でも「一番いいネタ」にだけ投資し、高いリターンを目指したいというある欧州の年金基金との対話を通してこの二つ目の戦略は生まれました。他に機関投資家が何社か投資しています。

旗艦ファンドの投資対象のうち、「厳選素材(best catches)」と考えられる銘柄を5年間保有する見込みで投資しています。潜在的成長性が極めて高いと考える規模が小さめな会社も投資対象となります。

成果が出るまでに時間もかかり、旗艦戦略に比べて少し高めの運用目標を達成するために投資先を選びに選び抜き、また投資後にも積極的に働きかけをするなど辛抱強く、手間隙をかけて運用しています。

旗艦戦略は約40社に投資し、設定解約が毎日できます。二つ目の戦略は約10社に投資し、設定解約は四半期ごとです。

コロナ禍はどのように運用へ影響を及ぼしましたか?プラス面、マイナス面を教えて下さい。

短期的にコロナはこのセクターにはマイナス面がプラス面より多かったといえます。大きなチャレンジとなったのはレストランが閉まり、飛行機が飛ばないなどの輸送面の問題です。

コロナ前までは、世界的に魚はレストランで食べられていました。ロックダウンにより家で魚の調理に挑戦する人が世界中で増えました。企業は販売チャネルの変更を短期間に行いつつ同時に安全に家庭まで届けるためにかかる運用費用の増大などの問題に直面しました。多くの企業の株価に影響が出ました。

勝ち組もいました。冷凍食品会社は大きなブームとなりました。

旗艦戦略は残念ながらこの2年間の成績はパッとしていませんが、われわれの将来性への自信には揺るぎないものがあります。この2年間に捕獲された魚はほぼすべて消費され、需要も堅調に伸びているので企業は収益率の向上の恩恵を受けるでしょう。

長期的にはコロナがこのセクターにプラス面に作用すると考えています。企業の収益源の多様化とコストの削減に努めました。企業業績は堅調にもかかわらず、株価は総じて割安です。今後3年間の株価の伸びがとても楽しみです。

最後に、日本の富裕層投資家にメッセージはありますか?

Bonafideの投資家は養殖というあまり注目をされないものの着実に成長している業界の果実を享受できます。この戦略は短期的な投機的投資をせず、長期的視野で着実に資産の成長を目指します。Bonafideの運用者にとって投資家が自分たちと同じ価値観を共有してくださることが実は大事です。

われわれは業界の成長性には極めて楽観的で、10年以上培った知見とネットワークを通じて投資家にとって魅力的な投資機会を見出す努力を継続します。

この記事を書いた人

岩田雄

サウスカロライナ大学国際MBA、ウィーン経済経営大学国際MBA、修了。国際基督教大学卒業。

MBA終了後、東京でステート・ストリート信託銀行、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントに勤務。ロンドンで日興アセット・マネジメント・ヨーロッパにて欧州/中近東のソブリンウェルスファンド、銀行、年金、保険会社、王族ファミリーオフィスなどに営業を行う。

その後、日興アセット・マネジメント・香港設立のため香港に転勤後、シンガポールの日興アセット・マネジメント・アジアに赴任。三井住友銀行シンガポール支店、J. Safra Sarasin銀行を経て2020年にコンサルティング会社をシンガポールで設立。

2023年4月にシンガポールのマルチファミリーオフィス、ファースト・エステート・キャピタル・マネジメント(First Estate Capital Management)の取締役兼ウェルスマネジメント部門のヘッドに就任。