任天堂の創業家がスタートアップ投資を行うという記事が日経新聞で報じられました。「世界の安全や持続可能性、ニューノーマル(新たな当たり前)、人類の機能拡大という3つの重点領域に挑戦する企業」に投資するという意気込みに共感した人も多いのではないかと思います。アジアの富裕層はスタートアップ投資を行っているのか、投資している投資家はどのような視点で行っているのかなどについてBridge Rock Consultingのマネージング・ディレクター、岩田雄さんに聞いてきました。
日本でもスタートアップ投資が話題となり始めています。でも、前回、玉石混交だと話をされていました。
シンガポールに拠点を置くフィンテック企業が過去20年間の60万件におよぶ未上場企業投資のデータを分析しました。年金基金などベンチャー投資家から世界中のデータを譲ってもらったり買ってきたりして分析したそうです。
結論として、ユニコーンが生まれる確率はおおよそスタートアップ企業の1万社に1社で、1万分の1の確率は四葉のクローバーが見つかる確率と同じだそうです。また未上場企業投資の場合、スタートアップ企業への投資が一番リターンが高く、IPOに近いステージになればなるほどNasdaqのリターンに近づくことと未上場企業投資の投資リターンはべき乗則(Long Tail)に従っていることがわかったそうです。
べき乗則に従うと、頻度は稀だけれどもインパクトが大きい事象が起きます。本のベストセラーや地震などの自然災害で見られる現象です。べき乗則に従う事象は人間が予想してもなかなか当たらず、運が結果を左右します。地震予知は無理ではないか?という研究者の議論もこれを根拠にしています。
この分析から導かれるのは、ユニコーン/デカコーン/ヘクトコーンにスタートアップ時に投資できれば物凄いリターンが得られるが、その確率は低く、運に左右されるという現実です。
物凄いリターンとはどの程度ですか?
商品やサービスの提供が始まり、収入はあるがまだ赤字の企業が規模の拡大のために資金調達をするシリーズAの企業の評価額が10億円とします。その企業が運良くIPOで1000億円となれば100倍のリターンになります。スタートアップ投資とは、シリーズAの前、まだ会社ができたばかりの時に、例えば500万円の投資でスタートアップの5%の株式を保有する、評価額は1億円です。その企業が1000億円で上場すれば単純計算で1000倍です。実際にはスタートアップが資金調達のたびに追加投資をしなければ持ち分が希薄化しますので、リターンは下がりますが。
リスクが大きいのでベンチャー投資は結果としてリターンが悪い印象も受けますが。
一見すると、確かにそう思えます。でもInstitutional Investor誌(II誌)の2020年9月の記事によりますと少し事情は違うようです。フランスのINSEAD(欧州経営大学院)の先生らが書いた記事ですが、資産クラスの本当のリスクは投資先を分散することで個別企業リスク/業種リスクを減らして残ったもの、と定義されるそうです。多くのファンドは十分に投資先の分散がなされていないのはファンド間の成績の乖離があまりにも大きいことから自明、とのことです。きちんと分散できれば実は魅力的なリターンを期待できるというのがこの記事の結論です。「数を打たなければ当たらない」ということなので、投資家としては「数を打てば当たる投資」を目指すべきということです。
では何社くらいに投資すればいいのでしょうか?
II誌の記事では500社以上、という結論ですが簡単にできる数字ではありません。そもそもそれだけのスタートアップ企業の情報を集めるだけでも時間と労力がかかります。
日経新聞にソフトバンクや米国のタイガーキャピタルなどの未公開企業投資が加熱しているという記事が2021年12月にありました。その記事によりますと「タイガー・グローバルは21年に12月下旬までテック企業を中心に340件の未公開株投資を実施した。前年実績の4倍強」の会社に投資しています。明らかに伝統的な「少数精鋭投資」ではなくII誌の記事が提唱する「数を打てば当たる投資」です。ソフトバンクやタイガーキャピタルは組織力があるのでこの投資戦略が可能です。
ソフトバンクやタイガーキャピタルはリスク低減重視、ということですか?
安定したリターン重視だと思います。IPO直前のベンチャー投資が加熱し、評価額が上昇しています。従って、IPO後の期待リターンが低減します。リターンを求めるにはより前の段階の企業に投資する必要がある、でもここも投資家の競争が激しい。より早い段階、より早い段階という形で投資すると、玉より石が増える。少数精鋭では当たれば大きいですが、外れる確率が高い。安定したリターンを追求するためにはII誌の記事にありました通り数多くの企業に投資する必要があるという方針のようです。
日経の記事に「取締役の派遣はせず、経営に直接関与しない。一方で成長支援は惜しまない。」とありましたが、数百社の会社に取締役を派遣するのは物理的に難しいという問題と同時に派遣できるほど出資していないという裏返しだと思います。
投資家は高い確率でユニコーンに投資し、高いリターンを得るためにはどうすればいいのでしょうか?
タイガーキャピタルが集めているファンドに出資するという方法もありますが、つてが無いと難しいのが現実です。
合わせ技で「数を打てば当たる投資」を行っているファミリーオフィスが米国にあるそうです。スタートアップに投資する優秀なベンチャー投資ファンドは、スタートアップの100社に1社の割合で投資し、ファンドごとに20社程度投資する「少数精鋭投資」です。それらのファンドが投資するスタートアップの100社に1社がユニコーンの可能性があり、5つのファンドに1つはユニコーンが生まれる計算になります。なので、理屈の上では5本のファンドに投資すればユニコーンが1匹…。
もう少し現実的ですね。
はい。スタートアップに投資するベンチャー投資ファンドに投資するのは方法の一つです。でも、先ほどのフィンテック企業の分析によるとベンチャー投資ファンドの2号ファンドのパフォーマンスは多くの場合、1号ファンドより悪いそうです。
それはなぜですか?
投資家は1号ファンドの正体がわからないので、1号ファンドがうまくいけば2号ファンドで投資する、と考えます。でもスタートアップの結果の大きい部分は運が左右します。ファンドの運用者が優秀でも運が悪ければ良い成績が残せませんし、運用者の実力にかかわらず、運が良ければユニコーンが生まれる可能性もある。運用者は成績が良ければ自分の実力と信じ、投資家も結果を見て投資するので実力と判断します。でも、2号ファンドの時に運が無かったり、あるいは1号ファンドの結果が運によるものだったりします。前回、スタートアップ投資してもあまり良い結果が出ず、がっかりしてその段階の投資を止める投資家が多いようだ、というお話をしましたがこのような現実があると思います。
一筋縄にはいきませんね。
はい、なのでウェルズパートナーズのような投資アドバイザーが必要となります。
アジアの富裕層もベンチャー投資ファンドに投資していますか?
いろいろな投資家がおりますが、大部分は米国で有名などちらかというとレイトステージのファンドが人気の印象です。
直接投資もしますか?
もちろん直接持ち込まれた案件を検討して投資をするファミリーオフィスもありますが、見極めが難しいのが現実です。
ここ数年で人気なのはベンチャー投資ファンドに投資をしつつ、そのファンドが投資する企業の一部にさらに追加で共同投資するという投資スタイルです。以前は米国やカナダの年金基金や中東/アジアのソブリンウェルスファンドなど一部の大型機関投資家にのみ与えられていた特典でしたが、昨年/今年資金調達をしているファンドは最初からそれを前提とした提案をしています。あるアジアのPEファンドは調達した資金の2/3がファンドに、残りの1/3は共同投資用として資金を集めています。「少数精鋭投資」の延長ではありますが。
「数打てば当たる」投資の他の方法はありますか?
冒頭でご紹介したシンガポールのフィンテック企業は世界中にベンチャー投資ファンドやアクセラレーターのネットワークを持ち、1300社のスタートアップに投資するファンドを組成しています。ユニコーンが10匹以上は生まれる目論見です。シンガポール在住の日本人富裕層や米国に本社がある飲料メーカー、アジアをはじめとする世界中の富裕層が出資しており、名古屋に本社を置く上場企業や日本の地銀系ベンチャーファンドも出資を検討しています。
このファンドに出資する特典の一つに、フィンテック企業がネットワークを通して年間3万社のスタートアップ情報を集め、AIを活用した検索機能を投資家に無料で提供する点です。純粋な投資リターンのみならず、本業とのシナジーによる戦略的リターンを狙う投資家に極めて有効で、注目を集めています。
続く