2021年の夏に、シンガポールが富裕層をターゲットとした課税を検討しているというニュースが日本でも報道されました。
報道にあるとおり格差拡大への対応策なのか、それともコロナ対策でシンガポールの財政への懸念から検討されているのか、背景についてBridge Rock Consultingのマネージング・ディレクター、岩田雄さんに聞いてきました。
「資産の不平等を是正するためには相続税や不動産税が必要かもしれない。」とシンガポール金融通貨庁(MAS)長官が7月に発言しましたが、どのような背景なのでしょうか?
シンガポールでは数年前から資産格差への不満が認識されています。コロナ禍でも新しい高級住宅価格は前年比で5.2%上昇したという報道もあります。知り合いの地元の不動産ブローカーが今年の夏、「とても忙しい」と言っていたのが印象的です。
記事によりますと、大手不動産ブローカーの調べで今年の9月末現在、新しい高級コンドミニアムの単価が前年比で5.2%上昇、中古の高級コンドミニアムの単価は7.1%上昇しました。500万シンガポールドル(約4億円)以上の物件の売買が今年の1月から9月までの間に339件、そのうち、74件は1000万シンガポールドル(約8億円)以上だったそうです。新規物件/中古物件ともに売買件数ベースでは10年ぶり以上の取引とのことでとても活発です。
高級消費財の売り上げも今年はほぼ2019年並の水準に戻り、ロールスロイスやベントレーなど高級車の売り上げも記録的だそうです。
この不動産投資熱/消費熱はどこから来るのでしょうか?
主に外国人、特に中国などのアジア人の富裕層が中心です。
でも、シンガポールの人口は減っていませんか?
ご指摘のとおりです。シンガポールの人口は2020年に比べて4%減って564万人となりました。特に永住権保有者が6%減少しました。印象としては、永住権を持っていた欧米やオーストラリア人の駐在員が減り、アジアの富裕層が増えています。新しく移住してくる富裕層はまずファミリーオフィスを設立し、労働ビザで入国。数年後に永住権への切り替えを目指します。これらの新しく移住してきた富裕層が住むところと車に投資し、人口が減っているのに不動産投資・高級消費財投資を支えています。
高級車が多く走っていると気になりますね。
シンガポールは自動車の保有を制限しているので、持っていること自体が富の象徴です。新車の10年間の自動車保有証(Certificate of Entitlement)が1600ccのエンジンの車で約5万シンガポールドル(400万円)です(2021年11月現在)。したがって保有証を含めたトヨタのカローラの新車は1000万円します。
住んでいる家は見えなくてもどんな車が走っているかは普通に生活していれば見えます。幼稚園に赤いフェラーリと黄色いフェラーリと日替わりでお父さんが送り迎えしている、という話を聞いたことがありますが、はっきり言って目立ちます。目立てばやはり資産格差を意識することになり、不平不満が高まるのも自然です。
コロナ対策で政府がいろいろな政策を実施しました。財政難から課税、ということはありますか?
シンガポールの国家歳入の約18%はソブリンウェルスファンドのGICとテマセクおよびMASの運用益から賄われています。MASは極めて保守的な運用、テマセクはPE投資を含めた長期の資産成長を目指し、GICは上場株や債券を中心にその中間の運用という整理です。先進国の株式/債券/不動産市場が昨年の4月以降に上昇しているので、GIC/テマセク共に運用パフォーマンスは悪くないと思います。
課税については、公的/私的に政府は意見を集約し、野党議員も議会で提案しています。Bloombergの記事にもありますように、適用方法、たとえばシンガポール国籍保有者と外国人を同一に扱うかや税率など詳細はすぐに決められないのでしばらく時間がかかると思います。
これからもシンガポールには引き続きアジアの富裕層は資産を移すでしょうか?
シンガポール政府は、シンガポールをアジアにおける資産運用のハブとしての地位確立という目標を変えないと思います。高い税率の相続税/不動産税を導入して資産が集まらないどころか逃げてしまうことを心配していると思います。したがって、今後もバランスを取りながら慎重に税制を見直すと思います。
政府の安定性、治安の良さ、英国法に近い法律制度、清廉な行政、フィンテックを含めた金融業界の振興育成、英語/中国語/タミル語/マレー語と4つの公用語などを理由に今後も世界中の富裕層が資産を移し続けると思います。
続く