2024年、日本のWeb3業界にとって転機とも言える制度改革が静かに進行しました。金融庁が示した「プロ向けトークン販売」に関する規制緩和――それは、これまで国内では不可能に近かったWeb3スタートアップへのトークンによる投資を、プロ投資家に限り解禁する動きです。

これは単なる法技術的な変更ではありません。これまで「日本では事業が育たない」と海外に拠点を移していた起業家たちが、日本での起業を再び選択肢として捉える契機になり得る。言い換えれば、富裕層・投資家にとっても、これまで“閉ざされていた国内Web3初期投資”というドアが、ようやく開かれはじめたとも言えるのです。本稿では、この制度変化の背景と構造を読み解きながら、次の一手を考察します。

Web3投資のエコシステムが“日本には存在しなかった”理由

なぜ暗号資産による資金調達は日本では困難だったのか?

Web3の起業家が資金調達を行う際、トークンを活用するのはグローバルでは一般的な手法です。株式に代わる形で、ユーティリティ性やガバナンス権限を備えたトークンを発行し、これをVCや個人投資家が取得することで、流動性とエコシステムを同時に形成していきます。

しかし、日本ではこのモデルが長らく封じられていました。その主因は、トークンを日本国内の居住者に販売しようとすると、発行体に「暗号資産交換業」の登録が求められるという制度上の壁にあります。この登録要件は極めて厳しく、通常のスタートアップが対応できるものではありません。

結果として、国内Web3スタートアップは「資金調達の初期段階から詰む」構造にあり、優秀な起業家ほど早期にドバイやシンガポールなどの法制度が柔軟な国へと移転していったのです。

「プロ向け」とは誰のことか?適格機関投資家の定義と現実

今回の規制緩和が適用される対象は「適格機関投資家」に限られます。これは、金融商品取引法で定義された“十分な投資経験と資本を有する法人または個人”であり、たとえば銀行・証券会社・保険会社・5億円以上の資本金を持つVCなどが該当します。

一方で、暗号資産領域に強い知見を持ち、過去に成功したWeb3プロジェクトでトークン資産を大きく築いてきた個人投資家――いわゆる“クリプトエンジェル”は、現行制度下では適格機関投資家とは見なされません。投資対象となるには、トークンを「金融商品」として再定義する必要があり、そのためには資金決済法から金融商品取引法への本格的な制度移行が求められます。

この点において、現行制度はあくまでも適格機関投資家に限定された規制緩和ではありますが、それでもなお、スタートアップの初期資金調達に新たな道が開けたことは確かです。

「移転期限付きトークン」とは

今回緩和された「プロ向けトークン販売」は、一定のロックアップを前提とした設計になっています。つまり、発行されたトークンはすぐには一般流通できず、一定期間、適格投資家以外への譲渡が制限される「移転期限付きトークン」として取り扱われます。

この制限は、トークンが“事実上の有価証券”として転売益を狙った投機に流れないようにする防波堤であり、トークン経済の信頼性担保としては必要な措置とも言えます。

ロックの方法は、発行者側の管理や取引所でのウォレット制御、マルチシグ(複数署名)など、技術的な設計によって多様に対応可能です。将来的にリスティングを行う際にロックが解除され、一般向け販売に移行するという点では、株式市場のIPOプロセスに近い性格を持つ制度とも言えるでしょう。

“Web3起業家が日本に戻ってくる”日が来る?

注目すべきは、この規制緩和がもたらす“地政学的な資金の流れ”です。これまで、日本での起業は制度的な障害が多く、Web3領域では「始めるなら海外で」が常識でした。しかし今後は、「投資家との距離が近く、かつルールの見通しが立つ国」として、日本が再び検討対象に入ってくる可能性があります。

特に、日本語での事業運営、日本市場でのリーチ、そして信頼性の高い取引所インフラを活用できる点は、国内起業家にとっても大きな利点となります。海外を拠点としながらも、「日本で資金調達し、世界でスケールする」という選択肢が現実味を帯びてくるのです。

これは投資家にとっても朗報でしょう。これまで日本の投資家がアクセスしにくかった「日本発Web3スタートアップのアーリーステージ投資」に、新たなルートが開けたということだからです。

Web3と金融商品取引法、今後のルールメイクに求められる視点

もちろん、今回の規制緩和は終着点ではありません。今後は、トークンそのものを「金融商品」としてどう定義し、いかなるルール下で投資・発行・流通させるのかというより大きな議論が待っています。ビットコインETFの登場など、暗号資産が金融資産として制度的に認知されはじめた今、トークンを“国民の資産形成に資する資産クラス”として位置づける政策も射程に入りつつあります。

一方で、有価証券とトークンはその設計思想も性質も異なります。既存の金融商品取引法の枠に強引に当てはめるのではなく、Web3の特性に即した新たなバランス感覚が不可欠です。そうでなければ、せっかくの新興産業も、日本では育ちきれないまま終わってしまうリスクがあります。

金融の世界において、「制度設計」はインフラです。それが整ってはじめて、投資家のリスク判断が可能になり、起業家は安心して挑戦できるようになります。今回のプロ向けトークン販売の規制緩和は、ようやくその“通行路”が一本通ったにすぎません。

しかし、その一本が開かれたことで、新たな資産クラスへの投資、新たな成長企業との出会い、そして国産Web3プロジェクトの成功が、投資家の手の届く範囲に入りはじめています。

日本におけるWeb3エコシステム。その本質を見極め、早めにポジションをとる視点こそ、次の資産運用戦略において重要になるのではないでしょうか。

この記事を書いた人

中島宏明

経営者のゴーストライター
(書籍、オウンドメディア、メルマガ、プレスリリース、社内報、スピーチ原稿、YouTubeシナリオ、論文…)
  
2012年より、大手人材会社のアウトソーシングプロジェクトに参加。2014年に一時インドネシア・バリ島へ移住し、その前後から暗号通貨投資、不動産投資、事業投資を始める。現在は複数の企業で経営戦略チームの一員を務めるほか、バリ島ではアパート開発と運営を行っている。

マイナビニュースで、投資・資産運用や新時代の働き方をテーマに連載中。