歴史が大きく動くとき、そこには必ず「情報の扱い方」の変化があります。15世紀の印刷革命は知識の大衆化を促し、やがて貨幣制度にも大きな影響を与えました。そして今、21世紀のブロックチェーン革命が、通貨と信用の本質を再定義しようとしています。中央集権から分散型へ。紙からコードへ。印刷技術とブロックチェーン技術、それぞれの革新が金融のルールをどう書き換えてきたのか。過去と未来をつなぎながら、今の私たちがどこにいるのかを見つめ直してみます。

グーテンベルクの印刷革命がもたらした「価値の複製」

印刷技術の発明は、単なる書物の大量生産にとどまりませんでした。知識の独占が崩れ、宗教改革や市民革命の引き金となったのです。そして見逃せないのが、貨幣制度への影響です。

15世紀末、印刷物が広く普及する中で、紙に価値を持たせる発想が生まれました。政府や銀行が紙幣という形で「信用を印刷」するようになったのです。金属貨幣ではなく紙の通貨が流通するようになると、印刷によって「価値を複製する」時代が始まりました。こうして国家による信用創造の基盤が築かれていきました。

紙幣の登場と中央銀行の誕生――イングランド銀行の歴史的役割

印刷された紙幣の信用を担保するには、強力な中央的存在が必要でした。その役割を担ったのが中央銀行です。1694年に設立されたイングランド銀行は、英国政府に資金を貸し出す代わりに、紙幣の発行を認められました。このモデルは、後に世界各国の中央銀行制度の原型となります。

背景には、対フランス戦争による財政難がありました。政府は民間から資金を調達するために、紙幣発行を担保にした銀行設立を認めたのです。こうして「政府債務・中央銀行・紙幣発行」が三位一体となった現代金融の構造が始まりました。以降、通貨とは「国家の信用を表現する媒体」となり、中央銀行はその信用を管理する装置として機能してきました。

ブロックチェーン革命は価値の「非複製性」がもたらす転換

一方、ブロックチェーン技術がもたらしたのは「価値の非複製性」です。これは、印刷革命とは逆の性質を持っています。

ブロックチェーンとは、分散された台帳に取引履歴を記録する仕組みです。この技術により、ビットコインのような暗号資産は「一度に一か所でしか使えない」唯一性を持つことができます。情報は簡単にコピーできるのに対し、ブロックチェーン技術に裏付けられたビットコインはコピーできない。これが「デジタル・スカ―シティ(希少性)」と呼ばれる革新です。

この仕組みによって、中央の管理者がいなくても、価値のやり取りが成立するようになります。ブロックチェーンは「価値のやり取りの民主化」を可能にする技術だと言えるでしょう。

中央管理の否定「分散型通貨」の思想

ビットコインは、2008年のリーマン・ショック後に誕生しました。サトシ・ナカモトという匿名の暗号技術者が、中央機関を必要としない通貨を実現しようと構想したものです。

ビットコインには最大供給量が決まっており、約2100万枚を上限とする設計がプログラムされています。この仕組みは、通貨の供給を恣意的に操作できないようにするための工夫です。国家や中央銀行ではなく、コードによって価値が管理される新しい通貨モデルです。

この考え方は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)とは大きく異なります。CBDCは国家が発行主体であるのに対し、ビットコインはだれの管理も受けず、分散されたネットワーク上で動き続けます。まさに「国家の信用」から「コードの信用」へと重心が移る象徴的な通貨だと言えるでしょう。

暗号資産銀行は誕生するか?新しい金融インフラの可能性

ブロックチェーンがもたらす変化は、通貨だけにとどまりません。銀行の機能そのものも、再定義されようとしています。

預金、送金、貸付、資産運用。こうした従来の銀行サービスは、今やスマートコントラクトや分散型金融(DeFi)によって代替可能になりつつあります。現に、暗号資産を取り扱う「暗号資産銀行(Crypto Bank)」が登場しています。

たとえば米国のKraken、スイスのSygnumやSEBAなどがその代表例です。これらの機関は、暗号資産の保管、送金、融資といったサービスを、正式な銀行ライセンスのもとで提供しています。今後、暗号資産を担保としたローンや、利息付きの暗号資産預金など、従来の金融とWeb3が融合した新たなインフラが確立されていく可能性があります。

スイスの先進事例に学ぶ「暗号資産担保ローン」と「トークン化金融」

中でもスイスは、暗号資産分野において最も進んだ制度と実績を持つ国の一つです。ツーク州の「クリプト・バレー」には、数多くのブロックチェーン企業が集まり、政府も規制整備に前向きです。

スイスでは、Sygnum銀行やSEBA銀行といった暗号資産銀行が、正式な認可のもとで営業しています。ビットコインやイーサリアムを担保にしたローンサービスを提供し、個人や企業が暗号資産を活用して資金調達できる仕組みを実現しています。

さらに、不動産や株式、アートなどの実物資産をトークン化し、分割所有や自由な売買を可能にするサービスも注目されています。これは、従来の証券や不動産投資のあり方に大きな変化をもたらす取り組みです。

印刷革命から数百年…金融の民主化が再び始まる?

印刷革命は「情報の民主化」を進めました。それと同様に、ブロックチェーン革命は「金融の民主化」を進めています。かつて紙幣は、王や政府の信用を印刷して人々に配るものでした。現在ビットコインは、ネットワークの中で価値を移転させることができます。

中央集権から分散型へ。信用の独占から透明性と共有へ。印刷技術が人々に「読む力」を与えたとすれば、ブロックチェーンは人々に「価値を持つ力」「信用をつくる力」を与える技術です。

今後、金融の中心は紙ではなく、ネットワークの上に築かれるでしょう。私たちは今、通貨や国家の在り方を見つめ直す転換点に立っています。歴史を振り返りながら、新しい金融を考察し続ける必要があるでしょう。

この記事を書いた人

中島宏明

経営者のゴーストライター
(書籍、オウンドメディア、メルマガ、プレスリリース、社内報、スピーチ原稿、YouTubeシナリオ、論文…)
  
2012年より、大手人材会社のアウトソーシングプロジェクトに参加。2014年に一時インドネシア・バリ島へ移住し、その前後から暗号通貨投資、不動産投資、事業投資を始める。現在は複数の企業で経営戦略チームの一員を務めるほか、バリ島ではアパート開発と運営を行っている。

マイナビニュースで、投資・資産運用や新時代の働き方をテーマに連載中。