富裕層(HNWIs)にとっての資産管理や相続の課題は、もはや単一国の枠にとどまりません。グローバル化、税の透明性、次世代教育といった要素が複雑に絡み合う中、いかに持続可能な形でレガシーを継承していくかが問われています。特に日本の富裕層にとっては、日本円の変動に左右されないグローバル分散型ポートフォリオの再構築が喫緊の課題となっています。

そうした中で注目を集めているのが、ファミリーオフィスの設立です。そして、その設立先として今、世界中の関心を集めているのが香港です。堅牢な法制度、グローバル金融ハブとしての地位、地理的な利便性に加え、教育や医療、治安や暮らしやすさといったライフスタイル面でも大きな魅力があります。

本稿では、実際に香港でファミリーオフィスを立ち上げた4人のリーダーの声を交えながら、「なぜ香港が選ばれるのか」を多角的に掘り下げていきます。

香港が世界の富裕層を惹きつける背景

包括的な支援とサービスプロバイダーとのネットワーク

香港政府の投資誘致機関であるInvest Hong Kong(インベスト香港)は、2021年に「FamilyOfficeHK」を立ち上げ、香港にファミリーオフィスを設立したい家族のための専用窓口となっています。ファミリーオフィスの設立に興味を持つ方は、FamilyOfficeHKを通じて、機密性が高く個別最適化されたアドバイスや支援を受けることができます。検討段階であっても、すでに行動に移す段階であっても、専門チームが明快かつ安心して進められるよう伴走します。

2023年には、「ファミリーオフィス・サービスプロバイダーネットワーク」が創設され、世界中のファミリーオフィスと、香港の金融機関・専門企業を結ぶエコシステムが整いました。このネットワークでは、プライベートバンク、会計事務所、法律事務所、信託会社、資産管理会社などの専門家との連携を通じて、ファミリーオフィスの機能強化と効率化を支援します。三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行などの日本の金融機関も香港に支店を構えています。

国際都市としての競争力 ─ ビジネスとライフスタイルの両立

香港最大の魅力は、ビジネスに適した環境にあります。宝飾会社KGKグループの副会長、サンジェイ・コタリ氏はこう語ります。

「香港は、アジア太平洋地域への戦略的な玄関口です。金融インフラも法制度も透明性が高く、ダイナミックな環境がビジネスの拡大と家族生活の両方を支えてくれています」

ランドマーク・ファミリーオフィスのCEO、キャメロン・ハーヴィー氏もこう続けます。

「英語と中国語の公用語体制、自由な資本移動、米ドル連動の通貨体制など、香港はアジアと世界をつなぐ理想的な橋渡し役です」

アリート・キャピタル・アジアおよびコンバージェンス・キャピタル・アジア創業者のチャールズ・ルチャンコ氏も、次のように述べています。

「香港はファミリーにとっても素晴らしい都市です。ワークライフバランスが取れ、優れた学校が数多くあり、アウトドアも楽しめる四季があります。週末には家族でキャンプ、月曜の朝には仕事へ戻る。国際的な活気も魅力で、美食文化にも恵まれています」

「香港のエネルギーは、他のアジア都市にはありません。『やると決めたらやり切る』──それが香港人です。誰かに香港での生活を勧めるかと聞かれたら、間違いなく『イエス』と答えます」

日本人富裕層にとっては、日本食レストランやスーパー、学校が充実しており、香港に移住しても、あるいはセカンドハウスとしても快適に過ごせる環境です。日本語での授業を行うインターナショナルスクールもあり、国際的なカリキュラムを通じて子どもの成長を後押しします。

さらに、香港と日本を結ぶフライトは約150便/日(年末年始時期)あり、東京・大阪・名古屋・福岡など13都市とつながっています。

香港は投資の成長エンジン

アジア随一の国際金融センターである香港では、株式・債券・不動産といった伝統的資産だけでなく、デジタル資産、スタートアップ、グリーンファイナンス、新エネルギー、アート、先端テクノロジー分野まで、幅広い投資機会が提供されています。東西の架け橋としての独自性と強固な規制枠組みにより、グローバルな投資家やファミリーオフィスにとって信頼できる投資プラットフォームを提供しています。

香港の株式市場は、時価総額で世界トップクラス。流動性も高く、近年では暗号資産分野でも世界的注目を集めています。日本の投資家にとっても、安全性と規制が整ったデジタル投資の選択肢が広がっています。現在、ライセンスを取得した暗号資産取引業者(取引所)は10社。適正な審査と運用体制の下で運営されています。

さらに香港政府は「ステーブルコイン法案(Stablecoins Bill)」を可決し、法定通貨連動型ステーブルコインの発行体に対するライセンス制度を整備しています。一般投資家の保護とWeb3.0の実用化に向けた取り組みが進んでいます。

香港の税制メリット

香港の税制度は富裕層に非常に有利です。法人税は最大16.5%、所得税は2〜17%の累進課税で、相続税・贈与税・キャピタルゲイン課税・消費税は一切ありません。

税制のシンプルさと低負担は、世界的に見ても際立っています。2023年に導入された「単独ファミリーオフィス税制」では、条件を満たすファミリー投資持株会社(FIHV)が投資収益にかかる法人税を免除され、事前承認も不要です。投資額の最低基準や現地の運営体制といった条件も、多くの既存ファミリーオフィスにとって実現可能な内容です。

また、香港は多国間の租税条約を締結しており、二重課税の回避、国際収益の円滑な送金や再投資も可能です。アメリカやフランスのようにキャピタルゲイン課税がある国と比べ、長期的な資産形成に適した成長支援型の環境が整っています。

ファミリーオフィスの設立と運営

香港で単独ファミリーオフィスを設立するのは、非常に効率的です。設立手続きは法人設立とほぼ同様で、スピーディに進行します。相続・資産運用・信託・税務最適化・ガバナンス・教育支援・フィランソロピーまで、必要な機能が一通り揃っています。

コタリ氏も、次のように述べています。

「この都市では、成長を推進してくれる優秀な人材も見つけやすいのです」

日本の富裕層にとってのメリット

今後10年、日本では大規模な事業承継の波が到来すると見られています。税務対策、国際分散、次世代教育をワンセットで考える必要があります。その点で、香港は日本からの地理的近さ、文化的共通点、英語・中国語・日本語に堪能な専門家の存在など、実務面でも現実的な選択肢です。

香港には、プライベートバンク、信託会社、ファミリーアドバイザーなども多数存在しており、多言語・多国籍な資産運用体制を構築しやすい環境です。日本のファミリービジネスにとっても、現実的で実行可能なソリューションといえます。

今やファミリーオフィスは、単なる資産運用の器ではなく、家族の価値観や理念を守り、次世代を教育し、レガシーを育てる場へと進化しています。香港はそのすべてを体現している都市です。日本の富裕層にとっても、未来への懸け橋となる存在になり得るでしょう。

後編では、ファミリーオフィスの運営戦略、サステナビリティ、世代間移行、リスクマネジメントなどについてさらに掘り下げていきます。

世界の有識者からのコメント

ホルスト・ベンテ氏(ADLEGACY創業者/アディダス創業者の孫)

「私にとって香港は常にアジアへの玄関口です。投資家も、資金も、そして優秀な人材もここに集まっています」

ロバート・ブッフバウアー氏(スワロフスキー・インターナショナル・ホールディング副会長)

「香港には、安定性・予測可能性・ビジネスに適した環境があります。ファミリーオフィスが長期的に成長していく上で、必要な要素がすべて揃っています」

ジョー・ツァイ氏(アリババ・グループ共同創業者・会長)

「どんな困難な状況下でも、香港の自由市場の精神、活気ある金融市場、そして支援的な税制環境は際立っています。ビジネスやファミリーオフィスにとって、世界でも有数の環境だと思います」

この記事を書いた人

WMJ編集部

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