世界が不安定さを増す中、ますます資産防衛が必要になっています。金融商品や不動産などの伝統資産だけではカバーしきれないリスクが、国境を越えて資産に襲いかかっているからです。こうした時代において、国や中央銀行の支配を受けず、インターネット空間で流通する“価値の保存手段”──すなわちビットコインが改めて注目されています。金融制裁、通貨危機、資産凍結といった事態において、ビットコインは富裕層にとって有効な「避難先」となり得るのでしょうか。本稿では、地政学リスクと暗号資産の関係性を掘り下げながら、富裕層が取るべき次なる一手を探ります。
地政学リスクが資産を直撃する時代
かつての資産防衛は、国際分散投資やオフショア口座の活用などが基本とされてきました。しかし、現在進行形で起きている地政学的な変動は、従来の「安全策」では対処しきれない事態を引き起こしています。
たとえば、2022年のロシアによるウクライナ侵攻では、西側諸国による厳しい金融制裁によって、多くのロシア国内の資産家が海外資産を凍結されました。また、国際決済ネットワークSWIFTから締め出されたことで、資産移動が事実上不可能になった例もあります。
中東ではイスラエルとパレスチナの対立が長期化し、アジアでは台湾海峡や南シナ海をめぐる緊張が高まっています。こうしたリスクが現実化すれば、資産凍結や資本規制が一夜にして実施される可能性があるのです。
地政学的な変化は「資産の流動性」を瞬時に奪う力を持っています。通貨の切り下げ、銀行の閉鎖、国境を越えた送金制限──こうした出来事は、もはや新興国だけの話ではありません。先進国においても、いつ起きてもおかしくない事態となっているのです。
ビットコインが注目される理由は「国境なき資産」であること
こうした情勢の中、改めて注目されているのがビットコインです。ビットコインは中央政府や金融機関の管理を受けず、ブロックチェーン技術によって支えられた分散型ネットワーク上で流通しています。物理的な国境や政治的制限に縛られない「自己主権型資産」として、その価値を見直す動きが広がっています。
最大の特徴は、だれでもインターネット環境さえあれば世界中からアクセスでき、第三者の承認を必要としない点です。国家が設ける資本規制や送金制限を迂回できる可能性があり、発行上限が決まっていることから、“デジタル・ゴールド”とも呼ばれています。
金(ゴールド)と比較されることも多いビットコインですが、大きな違いは「移動のしやすさ」です。金は実物であるがゆえに移動や保管にコストがかかりますが、ビットコインは数億円規模の資産を秘密鍵ひとつで管理し、世界中どこからでも即座にアクセスできるという優位性があります。
危機下でビットコインが果たした役割
実際に、ビットコインは過去のいくつかの危機において「避難通貨」として機能してきました。
ロシアによるウクライナ侵攻の際には、西側諸国の経済制裁によって国際送金が制限され、多くのロシア人富裕層が資産移転の手段を失いました。そこで注目されたのが、中央機関を介さずに送金が可能なビットコインです。ロシア国内では暗号資産に関する規制があるにもかかわらず、一部ではビットコインを使った迂回的な資産移動が行われたと報道されています。
また、トルコやアルゼンチンなど、高インフレに苦しむ国々では、法定通貨の信頼が低下する中でビットコインを保有する動きが加速しています。2021年以降、トルコリラは大幅に下落し、国内のビットコイン取引量が急増しました。若年層だけでなく、資産家層においてもビットコインを「価値の保存手段」として選ぶ傾向が強まっています。
香港と中国本土間の資本移動でも、USDT(米ドル連動型ステーブルコイン)やビットコインが「デジタルなブリッジ通貨」として利用されている実態があります。政府の規制が強化される中で、国境を越えて使える資産としての暗号資産の存在感が高まっています。
富裕層のための暗号資産ポートフォリオ
もちろん、ビットコインには伝統資産よりも高いボラティリティ(価格変動)があるため、すべての資産を集中投資するのはリスクが高いといえます。ですが、全体の資産のうち数%から10%程度を「自己管理型で国境を越えられる資産」として組み込むことで、有効なリスクヘッジとなる可能性があります。
このとき重要なのが「どのように保管するか」です。ビットコインは、ウォレットの秘密鍵を失えば資産も失われるため、自己管理(セルフカストディ)か、信頼できる管理サービス(カストディアルサービス)を選ぶ必要があります。
現在では、スイスやシンガポール、アブダビなどの国々が暗号資産に対する先進的な法制度を整備しており、こうした地域に資産を分散させる選択肢も現実味を帯びてきました。ファミリーオフィスやプライベートバンクの中には、暗号資産を正式に扱うサービスを提供しているところも増えています。
もはや、暗号資産を「持たない」こと自体が新たなリスクになり得る時代です。資産の多様化という観点からも、今後は暗号資産を組み込んだ設計が求められるでしょう。
地政学的リスクが高まる今、資産の「保全性」と「移動性」はこれまで以上に重要性を増しています。ビットコインは決して万能な手段ではありませんが、国家の枠組みを超えて使えるという点で、富裕層にとって新たな選択肢となり得ます。
資産は「守る」だけでなく、「動かせる」ことも重要です。デジタル時代における新しい資産のシェルターとして、ビットコインをどのように活用するか。これからの資産形成において、真剣に検討する価値があるテーマといえるでしょう。