「どこへ行ってもインバウンド観光ばかりで、良質なホテルや旅館に宿泊できない…」。インバウンドの波は日本に良い経済効果を生んでいる一方で、宿泊という体験価値の低下の問題も生じています。高まるインバウンド需要の中、日本の富裕層が何度も足を運びたくなるプライベートホテルがあります。2019年6月にKarakami HOTELS & RESORTS株式会社の代表取締役社長に就任し、分散型ホテルレジデンス事業を立ち上げた唐神 耶真人氏に、新しいホテルビジネスの在り方やホテルビジネスへの想い、プライベートホテルの魅力についてお聞きしました。
インタビュイー:Karakami HOTELS&RESORTS株式会社 代表取締役社長 唐神 耶真人氏
Karakami HOTELS&RESORTS株式会社 公式サイト
2014年慶應義塾大学卒業後、三菱商事株式会社入社。16年プルデンシャル生命保険株式会社入社。19年よりKarakami HOTELS & RESORTS株式会社代表取締役に就任。21年5月、YAMATO Hotel & Residence株式会社設立、同社代表取締役に就任。
インタビュアー:ライター 中島宏明
「家業はやらない」から一転
――本日はありがとうございます。今から約5年前の2019年に代表取締役社長に就任されたとのことですが、唐神さんはもともと家業を継ぐ予定だったのでしょうか?
唐神 耶真人氏(以下、唐神氏):いえ、むしろ「家業はやらない」という考えでした。高校まで札幌で暮らし、大学に進学するときに上京してきました。卒業後は憧れだった商社マンになったのですが、夜遊びばかりの生活で理想とのギャップを感じてプルデンシャル生命保険株式会社に転職をしました。ホテルの創業は祖父で、転職のときも私は「家業はやらない」と言ってプルデンシャル生命に行っています。営業職は本当に向いていて、朝から朝まで働き、転職から3年目で年収は億を超えました。紹介営業だったので、1年の半分は海外に滞在し、残りの半年は日本でご契約をいただくという、とても良い仕事だと思いながら当時も仕事をしていました。「このまま楽しい時間が続けばいいな」くらいのマインドだったのですが、延長線上に未来がみえてしまい。楽しさを感じつつも、少しは迷いや葛藤があったようにも思います。
株を相続して取締役になったのですが、報酬は受け取らずに取締役会に参加していました。それまで見て見ぬふりをしてきた家業の数字を目の当たりにして、当時の取締役会での議論の内容が気になり始めてきました。リーマンショック直後の数字が目に入り、なんと「稼働率は30%」だったのです。次に経済ショックがあると、もう会社はなくなるという強い危機感を覚えました。
自分の名前がついた会社が、自分の手の届かないところで沈んでいくのは嫌だという想いもあり、家業を継ぐ決断をしました。商社時代は穀物の先物に携わっていたのですが、考えてみるともともと穀物に興味があったわけではないですし、保険に興味があったわけでもなかった。しかし、小さな頃から見てきたホテルには関心があると気づきました。
保険の仕事は現状維持や今の延長線。それよりも、達成できないような高い目標を掲げてがんばりたい。そんな前向きな想いが重なり、2019年6月から代表取締役として改革を進めています。振り返ってみるとギリギリでしたが、新型コロナの感染拡大に間に合いました。
新型コロナで問われた「新しいホテルの在り方」
――新型コロナはさまざまな業界に影響を与えましたが、ホテル業への影響はダイレクトでしたね。
唐神氏:リーマンショック直後以上の大打撃でした。伝統もなにも言っていられない状況でしたので、「新しいホテルの在り方をつくっていきたい」という気持ちも強くなった出来事だったと思います。
「既存のものを活かす」ではもう無理だと判断し、私たちの原点であるホテルをすべて売却することを決めました。創業の4つのホテルの近くには実家もあり、祖母も住んでいる。「守らなければ」という気持ちも正直あったのですが、時代に合わないビジネスモデルになっているとわかっているものを無理に維持するのは違う。創業時のモデルを無理に守ろうとするのも違うと思いました。
オーナー権を持っている私にしか判断できない決断です。「ここで決めなければ」という想いでした。当時は、「大型ホテルに家族みんなで来ていただく」というビジネスモデルでした。大型ホテルで安価に宿泊を提供するというモデルから、小中規模で高単価路線へ。止まっていた時間を、どう動かしていくかを深く考えました。
守破離の破と離をやったわけですが、捨てるだけだと意味がありません。破離の後に、なにをつくるか? 思案している中で、民泊仲介大手のエアビーアンドビー(Airbnb)が2020年12月にナスダック市場でIPOしたことがショッキングに映って。マリオット ホテル&リゾートが世界最大のホテルなのですが、時価総額は10兆円で250万室。それに対してエアビーアンドビーは、時価総額15兆円で600万室。世界最大のホテルブランドを上回っていたのです。民泊もやらないと、ホテルだけでは危ないと感じました。
しかし本質的には、エアビーアンドビーはメディア事業で、マリオットはホテルオペレーターです。ホテルブランドは、メディアでもなく建物でもなくオペレーターに紐づきます。私たちは、世界一のブランドオペレーターを目指すという方針が決まりました。
世界的な観光地であり歴史ある京都で、外資企業の人が日本の魅力を伝えているという哀しい現状があります。そんな現状を変えていきたいと思いました。
ホテルビジネスをアップデートした「プライベートホテル」
――唐神さんは「プライベートホテル」という言葉を使われていますが、プライベートホテルとはどのようなホテルなのでしょうか?
唐神氏:ホテルレジデンス事業として「YAMATO Hotel&Residence」があるのですが、住居とホテルのハイブリッドで、言い換えれば貸し別荘です。ですが、一般的な貸し別荘では得られない体験ができると思います。
「プライベートホテル」は、ホテルビジネスをアップデートしたいという発想から形にしていきました。ホテルが、ホテルビジネスでできないことを実現していこうと。
たとえば、ホテルなら「他のお客様もいる」「ホテルスタッフがいる」のは当たり前のことで、それを回避することはホテルでは実現できません。しかし、「それを求めている」お客様もいらっしゃると思います。サービスを受けられる心地よさもあれば、サービスレスの心地よさもあるのではないでしょうか。
参考にしたのは、富裕層の別荘での過ごし方です。別荘はホテルではないので、他のお客様はいませんし、ホテルスタッフもいません。どんなに羽目を外しても、他のお客様からのクレームもありません。
別荘を別の人に使わせてくださるオーナーの方もいらっしゃいますが、実際に貸してみるとゲストもホストも疲れてしまうんです。滞在する人も、人の別荘ですから気を遣って本当にリラックスできないという面もあります。
でも、別荘であれば例えばちょっとした食事の際に女性はメイクせず過ごすことができます。ホテルですと、そうもいかないのではないでしょうか。気心の知れた人だけで過ごせるのが貸し別荘の良いところで、ただし貸し別荘以上の食事の手配や清掃といったホテルクオリティをご提供する。それがプライベートホテルです。
チェックイン・チェックアウトもDXを導入していますので、スタッフ不在でも運営ができています。プライベートホテルでは、食事をご提供することもできますが、「自分たちで料理つくりたいとき」もあると思います。リクエストいただければ、オンラインコンシェルジュが対応し、事前に希望する食材をご用意することも可能です。過去には、「クジラ肉を冷蔵庫に入れておいて」というリクエストをいただいたこともあります。シェフの派遣もできますし、寿司職人に目の前で握ってもらうこともできます。パジャマ姿のままでも良いのが、プライベートホテルの良いところです。ホテルですと、そのようなことは貸し切っていただかないとできず、中東の王族しかできないことだと思います。会員制で1日一組限定のプライベートホテルだからできることです。
たとえば他にも、船を借りて海で遊ぶ手配をすることもできますし、さまざまなご要望にお応えできる体制を整えています。顔を合わせるわけではありませんが、旅のお供をオンラインコンシェルジュがしているイメージです。カスタマーサクセスチームがいますので、旅の目的やご希望を簡単なフォームで事前にお送りいただき、付加価値の高いオーダーメイドのサービスをご提供しております。
仮にアフリカや異国の僻地でホテルを探すとしても、「by マリオット」というホテルブランドがあれば、お客様は安心して宿泊できるでしょう。私たちは、「by YAMATO」というホテルブランドでブランドオペレーターのポジションを確立したいと考えています。
経営の観点から言えば、コロナ禍であってもしっかりと収益を出しているのは会員制ホテルビジネスでした。しかし、これまでの会員制ホテルは、大型ホテルが中心でヘビーユーザーは50代~60代。私たちは、それを20代~40代向けにご提供したいと考えました。結果、大型ホテルではなく中小規模の貸し別荘に辿り着いたのです。会員制で希少価値をご提供し、宿泊利用履歴をデータ管理することで、お客様お一人おひとりのお好みに合わせたサービス提供を可能にしました。たとえば、シャンパンのお好みや、必要なタオルの枚数など、細かな記録がされています。それらの情報が現場に伝わるオペレーションになっており、人件費を過度にかけずに顧客満足度を上げられる仕組みができました。究極は、無人でも運営できるプライベートホテルです。
バブル期の象徴を「泊まれる美術館」にリブランド
――プライベートホテルの他にも、ホテル川久も運営されていますよね。
唐神氏:ホテル川久は、バブル期に400億円を借り入れ、わずか2年で建設されたホテルです。世界中から匠の技を集めたギネス認定もされているホテルで、前オーナーの趣味でつくられたものです。シャガールやダリ、横山大観などの絵画が館内にあり、建築そのものも芸術です。「バブルの遺産」という評価のホテルだったのですが、「泊まれる美術館」としてリブランドしました。
「川久ミュージアム」という形で美術品を集結させ、ホテルに泊まらなくても芸術を楽しんでいただけるようにし、アート系のメディアで取り上げられて広まっています。お客様の層がシニア層から30代・40代へと変化し、地域の象徴的な古いホテルをリブランドした良い事例になっていると思います。シニア層のお客様にしかご利用いただけなくなると、ホテル経営としては良くありません。戦略的に客層を変えていくことも、経営者としての役割だと考えています。
――インバウンドに頼らずに経営できているのは、なぜなのでしょうか?
唐神氏:インバウンドは確かに単価も高く、魅力的ではあります。しかし南紀白浜は、インバウンド観光客の方々が来にくい場所です。京都や大阪から、わざわざ来ない。では、どうするか?です。インバウンドを増やすことを考えた時期もあったのですが、どうしても外的要因に左右されてしまいます。インバウンドを増やすと、経営的にはリスクだと思いました。
厳しいコロナ禍を支えてくださったのは、ローカルのお客様たちです。その方々が、外国人観光客ばかりのホテルを求めているだろうか?と考えました。一過性の利益を追ってはいけないのではないかと思い直し、「日本人のお客様をもっと大切にしよう」という方針を決めました。
日本人がリピートしてくれるホテルを増やしたい
――唐神さんの言葉からは大切にされている理念も感じられ、とても共感します。今、手掛けていらっしゃる新しいホテルなどはあるのでしょうか?
唐神氏:熱海で進めているところです。熱海はインバウンドのお客様も多くいらっしゃるエリアではありますが、私たちは国内のお客様重視で考えています。各部屋に温泉があり、日本人のお客様が何度もリピートしてくださる、別荘使いしていただけるホテルを目指しています。都心からアクセスの良いホテルがまだまだ少ないので、ニーズはあると思います。四半期に1回は泊まりたくなるようなホテルです。
18の客室すべてに天然温泉がついており、プールバーもあり。食にもこだわります。施設がよくても食事がおいしくないとリピートしていただけません。実力派人気店のシェフのレシピを同品質のオペレーションでご提供できるように、準備を進めているところです。季節によって食材が変わりますので、四季折々愉しんでいただけると思います。シンプルでおいしい朝食もご用意できるよう、食材やメニューも厳選しています。ついついおかわりしたくなる美味しいお味噌汁と炊き立てのご飯、旬の鮮魚などの極めてシンプルな朝食です。高級料亭では、おかわりも少々頼みにくいと思いますが、ホテルですので小さなわがままを叶えていただけます。気の利くバトラーもいて、ちょっとした王族のような体験ができる。そんな価値の高い宿泊体験を、これからもご提供してまいります。