特別買収目的会社(SPAC)は2021年に大ブームとなり、アジアにも広がりました。日経新聞は「アジアでSPACに火花」(2022年1月20日付)の記事でシンガポールに第1号が上場され、香港でも体制が整ったと報じました。年が開けると、「相次ぐ上場撤回」(同2月5日付)などと報じられ、人気に翳りが出てきているという記事もあります。その一方で「米小型原子炉メーカー上場へ、商用化急ぎSPAC利用」(同2月13日付)と全く下火になったわけではないようです。

アジアの富裕層が投資先としてSPACをどのように利用しているかについて、Bridge Rock Consultingのマネージング・ディレクター、岩田雄さんに聞いてきました。

昨年はSPAC投資がブームでしたが、今年に入って上場撤回のニュースもあります。今はどんな状況でしょうか?

昨年はブームでいろいろなところでSPACの話を聞きました。

先日、シンガポールの投資銀行から「米国でSPACをやらないか?」と勧誘をうけました。リターンが6倍から8倍になるよ、と。今回はその時に仕入れた情報をもとにお話ししたいと思います。6倍から8倍にはカラクリがあります。

SPAC/特別買収目的会社とはそもそもどのような会社なのですか?

米国SECの定義によりますと、直接事業は行わず、株を発行して資金を調達し、その資金の大部分は信託口座などに預け、その資金をもとに将来、会社を1社あるいは複数社買収する目的で設立された会社、となります。

具体的には、まずスポンサーが会社を米国のデラウェア州などに会社を興し、どのような会社を買収するかという目的を決め、社外取締役など経営陣を整え、ニューヨーク証券取引所やNasdaqなどにその会社を上場し、資金調達をします。会社の運転資金を除いたほとんどの調達資金は信託口座に預けられます。SPACの経営陣は決められた期間内、1年から1年半以内に未上場の企業を見つけ、信託口座に預けられた資金を使って買収し、2年以内に合併を完了する、というのが基本シナリオです。

合併先が見つからなかった場合、合併先が見つかった後の手続きなどいろいろとルールがありますが、ネットで調べればかなり詳しく書かれています。

資金調達にはどのような方法がありますか?

昨秋、日経新聞に日本のテック企業を対象としたSPACの社外取締役に就任され、そのSPACの経営陣の一人である千葉功太郎氏のインタビュー記事が分かりやすいのでその記事を使って少し説明します。

SPACは証券市場に上場する際に、ユニットと呼ばれる有価証券を発行して資金調達をします。千葉氏のインタビュー記事にある、「このSPACはIPOの際に調達した1億ドル」というのはこれを指します。記事は続けて「さらに1600万ドルを追加調達した」とありますが、その経緯について詳細はありません。おそらく私募で新しくユニットをヘッジファンドなどの機関投資家に売るPrivate Investment in Public Equity (PIPE)を行なったか、あるいは融資を受けたと想像されます。

最後に千葉氏は「ワラント(新株予約権)も発行し、最大2億ドルまで調達額を増やせる」と語っています。このワラントの引き受け手はSPACのスポンサーと社外取締役などの経営陣、IPOした時に応募した投資家、PIPEの投資家、融資の出し手となります。

SPACの魅力はなんでしょうか?

千葉氏はインタビューでSPACのメリットを「企業価値が柔軟につけられる点」と「スタートアップが柔軟に資金調達できる点」の二つを挙げています。彼は起業家の立場から解説しています。

投資家としてのメリットは「少額で実質的に新規上場する企業に投資できる」、「SPACのIPO時に応募していればワラントを行使し、合併後に投資額を増やせる」、「経験豊かなSPACの経営陣と一緒に投資できる」と言われています。

SPACはIPO時に1ユニットが$10で多くの場合取引されるので、一点目は明確です。二点目も、SPACのIPO時にワラントが付与されるので、執行する義務はありませんが、儲かっているなら使わない手はありません。

三点目はSPAC投資の少し面白い点だと思います。

普通のIPOの場合、上場する会社が証券会社を雇って上場します。証券会社は上場時の株価が高ければ高いほど手数料が高くなるので、当然、上場した時の株価が高くなるように誘導します。上場する会社の経営者も株価が高いことを望みますが、経営者はその後、会社の業績をさらに伸ばしてさらに株価が上がることを目指します。

投資家としては、NTTやJRなど、どんな会社か分かっていれば投資しやすいのですが、最先端のテック企業の優劣は見分けにくいと思います。SPACの経営陣は目利きとして合併先を精査し、合併価格を交渉します。普通のIPOの場合には、事前の需要予測に基づいて上場する会社の経営者が証券会社と相談して上場価格を決めますが、SPACの場合は合併対象の企業の経営者とSPACの経営陣が交渉をして価格を決めます。千葉氏のようにターゲットとする企業の業界に精通している人を経営陣に加えるのはこの目利き力を強化するためです。

ちなみに、SPACの経営陣は合併後半年は株を売れないので、合併後すぐに株価が下落するような会社、あるいは高すぎる価格で合意するインセンティブが少なく、彼らの立ち位置が投資家に近いと言えます。その点が「経験豊かなSPACの経営陣と一緒に投資できる」と言われる所以です。ただ、一部のSPACの株価が合併後に低迷するケースもあり、思い通りになっていません。投資家としてはSPACの経営陣の目利き力、経験を判断する必要があります。

SPACのスポンサーになるのはハードルが高いのでしょうか?

先程の千葉氏のSPACは上場時に1億米ドルを集めたと話していたので、おそらくスポンサーは500万米ドルを用意してSPACを興したと思われます。その500万米ドルの一部は会社設立の費用、弁護士費用、会計士費用、そして投資銀行の手数料となりますが、残りは会社の資産として現金の形で置いてあります。

シンガポールの投資銀行は、会社設立の手続き、銀行口座開設手続き、弁護士・会計士などの紹介、社外取締役の選定、SPACのIPOの手伝い、そしてターゲットの企業を探すところまで手伝うと言っていました。最近はシンガポールのプライベートバンカーから勧められてその投資銀行に問い合わせをするアジアの富裕層が多く、昨年だけで30件のSPAC IPOを手がけ、今年もすでに8件の上場を行なっているそうです。

それにしてもSPACの株に投資して6倍から8倍のリターンという話は聞きませんね。

カラクリがあると冒頭で申し上げたのはこの点です。6倍から8倍のリターンはSPACのスポンサーのリターンです。将来、株価が上昇して6倍から8倍のリターンが出る銘柄もあるでしょうが。投資銀行は、「スポンサーとして上手くいった場合の平均リターンが6倍から8倍」と言って実績を見せていました。

合併後のスポンサーの保有株は20%ほどです。粗い計算ですが、仮に500万米ドルでSPACを始め、合併後の企業の時価総額が1.5億米ドルであれば約6倍という計算になります。

日本在住の富裕層もSPACのスポンサーになれますか?

可能です。

SPACのスポンサーはリスクが高そうですね。

SPACの仕組みはアメリカで法的に整備されているので、信頼できる投資銀行、弁護士事務所、会計士事務所を雇うことが重要だと思います。

金銭面ですが、合併先が見つからず、SPACが解散した場合には、最初の500万米ドルのうち、費用など支払った経費は戻ってきませんが、それ以外は戻るとのことです。

例の投資銀行は、IPOで資産を集めすぎて合併先の数が限られてしまい、交渉の時間切れがSPACの解散に至る一つの要因だと分析していました。1−2億米ドルの合併先は多いそうなので、実はスポンサーとしてはここら辺が狙い目だと言っていました。

SPACのスポンサーになる利点は?

未公開企業投資のプレーヤーになれる点だと思います。PEファンドやVCファンドに投資するのがMLBの観客とするなら、SPACのスポンサーになるのは野茂選手、イチロー選手、大谷選手のようにフィールドでプレーヤーとなることではないでしょうか?私はどちらもテレビで見ている感じですが。

アジアの富裕層は、SPACのスポンサーという形でシリコンバレーのエコシステムに入り込み、そこからさらに大きな飛躍を描いています。SPACの合併がうまくいけば評判があがりますし、またネットワークも広がります。 

SPACは今後も続きますか?

SPACは2021年にコロナ対策で世界中がロックダウンをしていた時に伸び、ワクチン接種が進み少し世間が慣れて来た時に波が小さくなりました。伸びた背景には、世の中が不透明であるので、SPACを使った柔軟な資金調達が市場の支持を受けたと言われています。ウクライナの戦争で再び世の中が不透明になって来たので、また脚光を浴びるかもしれません。

アメリカだけでなく、欧州やシンガポール・香港でSPACの制度が整い、東京でも制度の整備が進められていると聞きます。SPACがなくなることはなく、上場の一つの手段として残っていくと思います。

今回ご紹介したように、アジアの富裕層は単なる投資の手法としてだけではなく、世界に羽ばたくステップとして捉えています。未公開企業投資の世界でも大谷選手のように世界で活躍する日本のメジャープレーヤーが出てくるのが楽しみです。 続 く

この記事を書いた人

岩田雄

サウスカロライナ大学国際MBA、ウィーン経済経営大学国際MBA、修了。国際基督教大学卒業。

MBA終了後、東京でステート・ストリート信託銀行、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントに勤務。ロンドンで日興アセット・マネジメント・ヨーロッパにて欧州/中近東のソブリンウェルスファンド、銀行、年金、保険会社、王族ファミリーオフィスなどに営業を行う。

その後、日興アセット・マネジメント・香港設立のため香港に転勤後、シンガポールの日興アセット・マネジメント・アジアに赴任。三井住友銀行シンガポール支店、J. Safra Sarasin銀行を経て2020年にコンサルティング会社をシンガポールで設立。

2023年4月にシンガポールのマルチファミリーオフィス、ファースト・エステート・キャピタル・マネジメント(First Estate Capital Management)の取締役兼ウェルスマネジメント部門のヘッドに就任。