ウェルスマネジメント、資産運用のビジネス育成に政府をあげて力を入れているシンガポールでは富裕層に特化した独立系投資顧問会社が多く設立されています。プライベートバンク同様に欧州に起源を持ち、アジアの富裕層に受け入れられています。シンガポール・マネジメント大学が最近、シンガポールのウェルスマネジメントのエコシステムの一部として独立系投資顧問会社(External Asset Managers、以下「EAM」)について研究し、研究結果を発表したウェビナーに参加したBridge Rock Consultingのマネージング・ディレクター、岩田雄さんに聞いてきました。
今回のウェビナーで一番面白かった点はなんでしょうか?
アジアの富裕層が、長期的な関係構築に非常に重きを置いている点が浮き彫りにされたことです。短期的に手数料を多く集める取引、金融機関のキャンペーンに基づく商品提案に嫌気をさしている投資家が多いようです。またEAMは組織が比較的小さく、身軽なので、ファミリーの要望に合わせたサービス提供ができる点も評価されています。これらの点は日本の富裕層投資家の視点と同じだと思います。
それではこのウェビナーを開催したシンガポール・マネジメント大学について、まずご紹介してください。
シンガポール・マネジメント大学(Singapore Management University)について簡単にご紹介します。SMUは2000年に設立されたシンガポール3つ目の公立大学で、経営学・法学・会計学など6学部あり、1万人の学部・院生を擁する文系の大学です。米国のベンシルバニア大学ウォートン・スクールをモデルにして設立されたそうです。
昨年夏の東京パラリンピックの水泳で2つの金メダルをとったYip Pin Xiu選手の出身校でもあります。
SMUはアジアのファミリービジネスについて研究・教育する機関としてBusiness Family Institute (BFI) を2012年に設立しました。アジアには欧米と違った風土や価値観、法律・制度などがあり、ファミリービジネスの永続を補助するために活動しています。
この連載の第1回目でEAMがシンガポールに多い、という話でしたが、ファミリービジネスとEAMの関係は深いのですね。
1回目にお話しした通り、ファミリーオフィスからEAMに発展する会社もありますし、運用は行わず、EAMに運用を任せる形態もあります。EAM側もいろいろなビジネスモデルがあり、急速に増えているものの、その全体像があまり分からなかったので、今回の研究はいろいろな意味で興味深いものでした。
研究はどのように行われたのでしょうか?
BFIが作成した質問をEAMを始め、マルチファミリーオフィス、シングルファミリーオフィス、ファンド運用会社およびシンガポール金融通貨庁から認可を受けた金融機関に送り、回答を得ました。合わせて独立系投資顧問会社協会、バンク・オブ・シンガポール、クレディスイス、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント、HPウェルスマネジメント、ジュリアスベア、UBSの担当者にインタビューしてより深い情報収集を行ってまとめられました。
研究の焦点はどのようなものだったのでしょうか?
EAMの視点から、今後の成長要因がどこにあると認識しているか、またその成長機会の大きさとハードルについての二つが分析の柱です。
成長要因としてまとめられたのは次の三点です
- EAMが顧客に提供する価値(Value proposition)、特に長期的な関係構築に重きを置いている点。
- シンガポールが富裕層投資家に提供する価値。ウェルスマネジメントのエコシステムが整備されているのでファミリーオフィスの成長を助けられる点とシンガポールがフィンテックのハブとして確立されてきている点。
- シンガポール政府のサポート。EAMのデジタル化に政府補助がつく点。
また、将来のEAM業界の成長のハードルは次の三点にまとめられました。
- 売買手数料などをプライベートバンクと折半するモデルがEAMと顧客の間の利益相反を生んでいる点。
- EAMのビジネスモデルの理解がまだ一部の顧客にしか浸透していない点。
- オペレーション、生産性の面でのハードル。具体的にはいくつかの点が指摘されていますが、主なものとしては次の3つがありました。
- 顧客の口座開設手続き
- コンプライアンス、法務、業務手続き
- デジタル化へのノウハウ、費用
EAMが提供する価値について具体的な情報はありましたか?
EAMの提供する価値についてアンケート結果から主だったものです。
- EAM がファミリーオフィスに提供できる価値だと思うもの
- 手厚く、目の行き届いた顧客関係の構築:80.49%
- 資産継承へのアドバイス:56.10%
- ファミリービジネスへの理解:48.78%
- 税金対策:36.59%
- 運用/ウェルスマネジメントの専門性
- 資産運用の専門性:75.61%
- 専門性が高く、ニッチな運用戦略の提供:70.73%
- 直接投資の機会提供:48.78%
- リスク管理のソリューション提供:48.78%
- フィランソロピー:29.27%
- 費用
- 魅力的な手数料:39.02%
EAMの報酬体系は画一的なのでしょうか?
こちらも面白い結果が出ました。
- 基本報酬のみ:12.2%
- 手数料折半モデルのみ:7.32%
- 成功報酬のみ:0%
- 基本報酬と手数料折半モデルの併用:7.32%
- 基本報酬と成功報酬の併用:24.39%
- 基本報酬、成功報酬、手数料折半モデル:48.78%
この結果から、BFIは多くの顧客が投資助言契約ではなく、投資一任契約を結んでいると分析しています。これはアジアの富裕層がEAMの運用力に信頼を置いている証しと結論づけています。
投資助言モデルは、顧客に最終投資判断の権限が残り、手数料を折半するので顧客の取引量が収入を左右します。
投資一任モデルでは顧客と合意した運用方針に従ってEAMがポートフォリオを構築し、売買の判断を自ら行います。顧客は資産残高に応じた基本報酬を払うので、顧客のためにならない取引を行なって取引手数料を稼ぐインセンティブがEAM側に発生せず、手数料折半モデルと違い、顧客との利益相反の可能性が下がります。
EAMの信頼が高い、というのは他の質問の結果にも現れていますか?
アンケートで半数以上の顧客がEAMをプライベートバンクと同等(29.27%)かそれ以上(26.83%)に信頼しているという結果が出ました。プライベートバンクをEAM以上に信頼しているという結果は26.83%に止まりました。
デジタル化について何か示唆的な内容はあったのでしょうか?
第1回目でお話ししましたとおり、多くのアジアの富裕層は複数のプライベートバンクと取引しています。全体像を把握されないため、という理由ですが、富裕層自身が全体を把握しきれなくなり、信頼がおけるEAMに取りまとめを依頼する実態があるようです。それを背景とした課題としてデジタル化、特にプライベートバンクから提供される残高や取引情報の様式をそろえて欲しいとの要望が出ています。
口座開設手続きについてはどのような点が指摘されましたか?
顧客の本人確認、KYC (Know Your Client)の手続きがEAM側とカストディを行うプライベートバンクで2度行われ、判断基準、確認する書類の種類が微妙に異なり手間がかかる点の改善が必要との指摘がありました。
日本でもそうですが、脱税、マネーロンダリング、テロリストへの資金援助など様々な防止ルールがあり、ルール執行が厳格化しています。ルールの必要性についてだれもが異論はないのですが、組織の過去の経緯、担当者の経験や理解などが判断の違いをうむようです。また、同じことを2度行うことの必要性、顧客側の負担の増大、経済合理性の視点から改善できないか、という指摘もありました。
シンガポールのEAMビジネスの将来性はどうでしょうか?
ウェルスマネジメントのエコシステムの強化が今後5年間の成長の鍵、との結論でした。様々な投資機会を扱うオープンアーキテクチャの導入、EAMに特化した個人ライセンス制度、監督官庁のMAS (シンガポール通貨監督庁)・ファミリーオフィス・プライベートバンクを含めたワーキンググループによる協働のための環境整備などが具体的な施策として挙げられています。また、EAM自身の課題として同業のEAMと提携をする、報酬体系をより魅力的に改訂する、社内システムのデジタル化、などが挙げられていました。
シンガポールのウェルスマネジメントは地政学的な要因も追い風となってさらに広がると思われます。また特色のあるEAM、顧客に寄り添うEAMが成功していくことが感じられます。
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